ノルデンヴィズ南部戦線 第六話
「久しぶりだなー。元気にやってっか?」
「おかげさまッス。ちなみにこの店で今オレ店長なんスよ! ついにオーナーに全部任されたッス!」
「だろうなぁ。外観も随分変えたみたいだし」
「そうッス! わかりました?」
「この店の関係者で漢字使う奴はおまえしかいねーよ」
はははと機嫌よく笑っていると、「アキ君、お客さん? 準備大丈夫だけど、まだ早くないかしら?」と厨房のさらに奥から小さな子供を抱っこした女性が出てきた。お団子頭にゆったりした服を着ている。
右に左に小さく揺らすとそれに合わせて赤ん坊の声が、あい、あいと聞こえる。髪の毛はカトウと同じで真っ黒だ。だが目の色はその抱っこをしている女性と同じヘーゼルだ。
「アリー、出てきて大丈夫なのか?」
アリー? 恐らく愛称で、聞いたことある名前だ。
カトウはその女性を優しく見つめて、腕の中の赤ん坊を人差し指で撫でた。そして掌をさすり把握反射を楽しんでいる。
「お前……もしかして、その子……」
「そうッス! オレの息子ッス! まだ四か月なんスけどね。イーカレットって名前ッス」としししと歯を見せて笑った。
俺が聞いたのは赤ん坊のほうではないのだが、いや、だが、カトウはもうお父さんなのか? 混乱してしまった。
俺が眉をしかめていると、女性の方が話しかけてきた。
「イズミさん、お久しぶりです! 覚えていますか? 私のこと」
息子よりもきらきらしたヘーゼルアイでのぞき込んでくるが、すぐには思い出せない。だが、どこかで見たような面影がある。
「あれからアキくんに色々料理教えてもらって、私もだいぶ上達したんですよ?」
「アリーのグラタンはまだべっちょべちょだけどな!」と横でカトウが笑った。
女性はカトウを少し険し目に睨みつけて、もう、と顔を膨らませた。
カトウをアキ君と呼ぶ、料理の下手な女性と言えば、「アルエットさん……?」
「そうですよ! いまさら気が付いたんですか?」
と言うことはこの二人は結婚したのか!? それどころか家庭まで築いている!
「お、おま! マジか! なんでいってくれなかったんだよ!」
そう尋ねると、アルエットと目を合わせて仕方なそうに眉を寄せた。そして、「センパイ、忙しそうだったし」と頬を人差し指で掻いた。
「忙しかったのは、まぁ確かにそうだな」
「噂で聞いたんスけど、イスペイネの叛乱を先導したとか、エルフを裏で操っているとか、連盟政府を分裂させようとしたとか、なんだかいろいろなことの黒幕のように噂されてたッスよ。
怪賢者イズミとか、黒の賢者イズミとか変な二つ名つけられてるッス。見た目も230センチの大男で、赤い髪も髭もボーボーで、目玉は暗闇でも朱色に光って、睨まれた者は蒸発するとかなんとか……。
常にコートを羽織っていて、その下は全裸。夏でもコートの理由は、素肌には世にも恐ろしい刺青が入っていて見た者は失神するとか。暑いが脱ぐわけにいかないから、常に汗だくとか」
「一体どこの露出狂だ、それは」
相変わらず情報の伝達が中世レベルだ。キューディラの掲示板機能やら元勇者たちが立ち上げた新聞社やらはどうなったのだ。情報の伝達に一役も買っていないじゃないか。
「少し前に街の看板にイメージイラストが張られましたッスよ。マジ誰だかわかんないようなヤツ。あれには正直ウケたッスよ」
だが、おかげでこちらに来ても誰からも追われないのか。目立たずに行動ができるので助かる。
「もしそんな風になってたらどうする?」
「センパイがそんな風になるわけないじゃないッスか。髭とかは剃ってなくて、近くはなってたかもしれないッスけど」
その横でアルエットは口元を押さえて笑っている。カトウが彼女の方を振り向くと、連絡しておいて、と言った。すると、彼女は小さく頷いて裏手へと消えて行った。ちょうどいい。きな臭い話を始めようじゃないか。
「センパイ、アレっすよね? 叛乱とか何とかの話って、また余計なことに首突っ込んで巻き込まれた結果ッスよね?」
「そーだな。先導したり、操ったりはしてないけど、確かに事象の渦の中心近くにはいたな」
「相変わらずッスね。また名誉の負傷とかしたんスか?」とカトウは冗談っぽく笑いながら尋ねてきた。
右腕にはこの間の独立式典襲撃事件の際に負った火傷の痕が残っている。それは何か消し去ってはいけないような、消してしまえばエスパシオの死さえも否定されてしまうような、そしてティルナへの申し訳なさから回復魔法は掛けないことにしたのだ。
「いんや、特にはしてないよ」と軽く笑い返して、コートの裾を右手の親指と人差し指で引っ張り隠した。
だが、どうも右腕がそわそわするような、何も無いことを装う風にしたが腕で擦るのを我慢できなかった。
「なぁ、カトウ。ちょっと色々と聞きたいことがあるんだが? 開店準備はもう大丈夫か? 仕事中で邪魔にしかならないんだが」