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ノルデンヴィズ南部戦線 第四話

 コートを取るために壁際のウォールハンガーに向かっていると、「ああ、そういえば」とルカスが引き留められた。

 そして、「君の仲間に確かヤシマと言う男がいたな。今どこにいるか知っているか?」と尋ねてきた。


 コートに手をかけたままそちらへ振り向くと、彼は右眉を人差し指で弄っている。そろそろ気になるその癖にはいったい何の意味があるのだろうか。


「サント・プラントンよりもさらに東の、今のところはまだ連盟政府に属しているどっかの自治領の田舎の、確かクライナ・シーニャトチカとか言う村で治療院をやっているみたいです。

 この間はタバコとコーヒーの買い付けに来てましたけど、式典の事件以降来られなくなったみたいですよ。どうかしたんですか? いきなり」


 そう答えるとルカスの弄る手がピタリと止まり、掌は顔を降りていくようになり口から顎を擦った。


「む、そうか。少々遅れたか」と眉間にしわが寄せながら右下を向いた。すぐに顔を上げると、「ああ、直接顔を見て礼を言おうと思ってな。アニバルの件の時は世話になった、カルデロンはいつでも歓迎する、と会う機会があったら伝えてくれ。礼は早い方がいい。とりあえずは気にするな。とにかくまずは北へ向かってくれ。頼んだぞ」


「了解です。連絡を取る機会も少なくないので、その際にお伝えいたします。では改めて失礼させていただきます」


 コートの袖に腕を通し、一礼して会議室を後にした。

 冷え切った廊下を歩くと、慌ただしく働いている使用人とすれ違う。シルベストレ家の使用人であったアニバルは今、主人であるヘマと保護児のウリヤ・メレデントとともにマルタンにいる。

 ルカスは随分今さらになってから礼を言うのだな。アニバルの件は、式典襲撃後に彼が人質にされたときよりも前に起きた、イスペイネがアルバトロス・オセアノユニオンとして独立することよりもさらに以前の話で、もう一年以上経っている気がするが。


 それにしてもヤシマか。彼には移動魔法用のマジックアイテムを渡していたはずだ。

 一度立ち止まり、顎に手を当てて考え込んだ。万が一に備えて彼にも少し動いてもらうおうか。

 急遽、ヤシマに連絡を入れることにした。そして、俺には絶対に会わずにノルデンヴィズで待機していてくれ、とキューディラで連絡をした。

 暇な彼は二つ返事でノルデンヴィズでの待機を了承してくれた。




「イズミさん。少々お時間よろしいですか?」


 一度荷物を取りにカルデロン別宅へと戻っていた。支度を済ませ廊下を歩いているとスーツを着たティルナが向かいからやってきた。


「これからノルデンヴィズに行くという話を伺ったので、あらかじめお伝えしておくことがあります」


 事件以来性格が変わったように冷たくなった(印象のある)彼女は表情を変えずに近づいてきた。


「情報が早いね。良くない話?」


「会議の内容は、先ほどルカス頭目から伝言を受けた使用人から聞きました。良くはないです。おそらく、悪いですね。

 私と北部辺境孤児支援基金の内部監査を行っていたカミーユと連絡が途絶えました。私としていた連絡は個人的な物ですが、ヴィトー金融協会本部へのキューディラでの定時連絡も長期間途絶えていると支部から連絡を受けました。

 連盟政府から北部辺境部隊が離反した状況から察するに、おそらく軍に捕縛されている可能性があります」


「その基金と離反には関係があるの?」


「隠密な内部監査がたびたび入るということは、まだはっきりはしていませんが、おそらくそういうことでしょうね。何事にもまず先立つ物が必要ですから」


 つまり、それが離反の際の資金源と言うことか。

 ティルナは廊下の窓から外を見ている。その紫の視線の先にある真冬の低く垂れこめた雲には灰が乗っているのか、世の終わりを告げる様などす黒さを見せている。会議の最中は薄曇りで明るさのあったはずの空の面影はもうどこにもない。


「雪が降るかもしれません。ノルデンヴィズにも、このラド・デル・マルにも。灰で汚れた、真っ黒な」


 そうつぶやくと窓ガラスに手をついた。そして、しばらく眺めた後首だけを回して俺を見ると、「もし居場所が判明したらすぐに私にキューディラでご一報ください。そして移動魔法が使用可能な状態であるならば必ず呼び出してください。こちらの状況の如何に関わらず、そちらにお伺いし致しますので」と頭を小さく下げた。


 ティルナはエスパシオを失ったせいか、必死になっているのだろうか。これ以上知人友人家族を無くすわけにはいかないのだろう。


「私はかけがえのない友人を失うわけにはいきません。カミーユにまで死なれては困ります」


 それには黙って頷くだけにした。

 俺もカミュが死なれたら困るから全力を尽くす、とは言えなかったのだ。エスパシオのとき、その死の運命を止められなかった自分がここで生きているから。


 そして、お互いに廊下ですれ違い、それぞれの目的地へと向って行った。

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