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ノルデンヴィズ南部戦線 第三話

ルカスは部屋の隅にいた使用人たちを見回して指を鳴らした。すると、使用人たちは一礼の後、会議室から全員がぞろぞろと出て行った。ルカス、バスコ、俺の三人だけになると手元の書類を持ち上げた。そして、

「イズミ君、君はかつてノルデンヴィズ、ブルンベイク周辺を生活圏にしていたそうだな。現在の連盟政府と北部離反軍の前線はノルデヴィズから数十キロ南下した辺りにある」

と反対の手で顎を弄りながら視線だけを向けてきた。ルカスが次に何を言うのか、だいたいであるが理解することができたので俺はその間に滑り込んだ。

「なりふり構ってはいられないから動けというのは、すぐにでもノルデンヴィズに行ってこいと言うのはわかりました。ですが、何をするのかはわかりませんね。具体的ではないです」

顎を弄る手が止まり、口を開けたまま俺の話を聞いたルカスは、うむと頷くと、

「北部離反軍の動向を探ってきてほしいのだ」と両手をテーブルの上に置いた。

「北部の連中は中央の自称亡命政府の支援の動きに乗じて離反した。ユニオンの現状を把握しているのはまず間違いない。だが何も言ってこないのだ。こちらの情報ばかり筒抜けなのも少々気に喰わないのだ。そこで、こちらからアクションを起こそうと思う。そのために情報を得なければならない。君は感情が駄々洩れだ。情報のやり取りをできるほども駆け引きができまい。だが、移動魔法があればおおよそどこにでも侵入できるだろう? 誰にも会う必要のない最高の隠密活動ができるではないか。そこで……」

「現地に行ってどこかの基地に忍び込み、情報を盗んで来い、というのではやりませんよ?」

ルカスは移動魔法を買いかぶり過ぎだ。やや遮るようにそう言い、「やれというならやりますが、俺は賢くないので、具体的に指示がなければ無理です。積極性がないとおっしゃるかもしれませんが、これは子どもの喧嘩ではありません。万が一バレた場合、その行動一つで戦争が激化します。最悪の場合、三つ巴の状態になるかもしれません」と付け加えた。

不法侵入をしなくても済む事態につなげられるかもしれない、ある一つの事実については俺は黙っている。それは、俺は今回の離反の首謀者たるカルル・ベスパロワと近いと言えるほどの面識があるということだ。しかし、それを言ってしまえば無駄な過度な期待をさせることになるので黙っていた。

「なるほどなぁ、確かに。だが公式の書簡を出すわけにもいかない。それこそ連盟政府のあの……ナントカ橋に嗅ぎつけられた妨害されてしまう」

そこへ腕を組み椅子に寄りかかっていたバスコが前に体を乗り出してきた。

「何かしらの理由を付けてェカルル元伯爵に近づけないのかァ? 北部の土地柄、彼らの組織の内部にはスヴェンニーがかなり多いはずだァ。彼らの性格は、頑固で身内に甘いが、その分だけ絆は固いというのは有名だ。そういえば、仲間のヒューリライネン夫妻はスヴェンニーじゃないかァ。出身も近いそうだから簡単とは言わないが、入り込めるんじゃァないのか?」

「彼らを巻き込むわけにはいきません。これまでも様々な事に巻き込んでしまいました。できるものなら、ユニオンで静かに子育てと研究に専念してもらいたいです」

それにルカスは顔を曇らせた。

「君は先ほど戦争激化を止めるにはなりふりを構ってはいられないと言ったではないか。矛盾しているぞ」

仕方ない。これ以上黙っていても埒が明かないだろう。俺はカルル元伯爵との関係について話すことにした。

「申し訳ないです。黙っていましたが、俺はカルル・ベスパロワとは直接的な面識があります。以前彼が野盗と化した難民エルフに拉致された際に救出したことがあるので、おそらく覚えているとは思います」

と言うと、左右に座る二人は同じように俺の方へ首を向けた。

「そういうのは先に言いたまえェ」

無駄な期待をさせたくないという俺の思いを悟ったのか、ルカスはややあってから、

「それなら話は早い。イズミ君が直接会って軽く話をして来い」と言い、さらに続けて、

「君の駄々洩れの感情で怒らせても問題はない。彼らとユニオン、友学連の間には連盟政府とマルタンの帝政ルーア亡命政府がある。彼らに海や空を越える術はないはずだから連盟か亡命政府との衝突が無くならない限り、いきなり軍事衝突はありえない。どうしても先手を打ちたいというなら、建造中の大型船舶に飛行……オホン。外交手段は一つではない。北部と我がユニオンがかち合う前に、話し合いの席を設ければいいだけのこと。ふはは」と笑った。

「簡単におっしゃいますね。捕まったらどうするか、なんて聞くのは野暮ですね。いいでしょう。カルル伯爵、元伯爵は救出当時、知人の家に匿われていましたが、()()()()なのでおそらく今は前線にいると思います。まずはノルデンヴィズに向かい、そこから南下し前線に近づきたいと思います」

「君と面識がある以上、君には移動魔法があることを相手方も理解しているはずだ。捕まえることが不可能なことぐらいは相手も承知だろう。ああ、それから、バスコの言った通り、連中は早雪と火山灰の影響を受けていないと考えろ。戻り始めた連盟政府の軍隊が足止めてして侵攻自体は停滞しているようだ。気を付けていきたまえ」

「了解ですよ。あなたたちは俺に最高勲章渡すのは早かったみたいですね。今回は開翼信天翁(かいよくしんてんのう)十二剣(じゅうにけん)付勲章以上の物をいただかないと」

「家付き土地、永住権と免税と上級役職と仕事場、ユニオンモートル社の最高ブラッククラス車種のアルバトロスをくれてやろう。勲章にダイヤより価値のある魔石でもつけてやろうか?」

「結構です。金と食事と家だけください」

「ふはは! 仕事はいらんと言うのかね? ならばボランティアしたくなるほどくれてやろう。金と仕事と家をな! ふはははは!」

まるで自分が必要とされているような錯覚に陥り、悪い気分ではないのは正直なところ。

俺はすぐにでもノルデンヴィズ南部戦線へ向かうべく、ルカスの言葉には何も答えずに椅子から立ち上がった。

「ではいったん失礼させていただきます。遅れてくるティルナにもよろしくお願いします」

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