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ノルデンヴィズ南部戦線 第二話

 秘密裏に行った上着の運搬の際に、飛行機からの投下もできない状況において従事したのはもちろんである。移動魔法とはどこまで便利なものだろうか。


 移動魔法、故に歩く機会は必然的に減り運動不足になってしまいそうだ。そう言うわけにもいかないので、時間的余裕があるときのユニオン内での移動は極力に徒歩と公共交通機関で行うようにしている。日常生活でするほどの距離は歩いているが疲れ切るほどではない。

 だが、ここ最近は早朝起き抜けになぜか足がとてもむくむ。脛を親指強く押すとまるまると痕が残るほどなのだ。

 今朝も足のむくみがなかなか取れない。急な寒さに体が付いてこられてないのだろう。強烈な倦怠感もある。


 ブエナフエンテ邸の会議室において催された対策会議で、その日も今後の方針について話し合いがされることになっていた。

 正午過ぎ、良く温められた部屋の中から臨む日差しのない薄曇りの窓は白く、それを眺めながら肘をつき、ゆっくり瞬きをしているとドアがノックされて使用人がドアから姿をのぞかせた。それ続くようにルカスがカツカツと踵を鳴らして会議室へと入ってきた。

「おはよう、諸君」と言いながら使用人に伴って入ってきた男の顔は以前のコーヒー屋の大らかで丸っこく角のないものからこけて四角くなり、すっかり指導者の顔つきとなった彼は今やアルバトロス・オセアノユニオンの大統領と言った感じだ。

 余裕がなくなったのではなく、どこか自信を湛えるようになり冗談めくことも少なくなっていた。動きやすいという理由で共和国のスーツを持ち込み気に入って着用している。

 ただ、白いスーツにユニオンの国旗のたくさん付いた派手なネクタイというセンスはいかがなものか。決しておしゃれではないというわけではないのだが。


「早速だが、北部の連中は我々には何も言ってこない。やがて相見えるが、今は挟撃でもしているつもりなのか。どう考えているか真相は定かではないが、こちらもそれには沈黙して利用させていただこう」


「利用するのはァ相手もしたのだァ。問題なかろうゥ。帝政ルーア亡命政府支援の派兵を口実に、首都まで怪しまれることなく大軍を接近させられたのだからァ」


 相変わらずのバスコは三白眼の焦点を合わさずに話をしている。彼の怪我はすっかり治っているのだが、昨今の状況により研究があまりできていない様子だ。

 ルカスの勧めで着始めていたストライプグレーのスーツは、会議後に着られたまま実験が行われているようで裾に油や実験材料の色合いの強いシミをつけられており、一日が終われば脱ぎ散らかされているのが明らかなほど日を追うごとに皺だらけになっていた。

 だが、見たところ、今日はプレスされたのかスーツの背中や肘の辺りの波打つような皺はなくなり、白いワイシャツもアイロンがけされて糊も付いているのかパリッとしている。おそらく、あのエストホルムとか言う白内障気味のスヴェンニーの使用人が徹底的にクリーニングを施したのだろう。

 バスコの身だしなみが整っているとルカスはやや上機嫌になるのだ。両眉を上げてバスコを見てわずかに口角を上げている。


「だが、ルーア共和国の例の火山、あの言いにくい名前の山。かなり大規模噴火のようだ。噴煙を上げるたびにその規模を問わず昼夜を問わず私のホットラインが鳴るのだ。

 そのせいか、このところ天気も悪い。灰が降って終わりならまだしも、曇りでもないのに太陽光が遮られることがある。早雪の年に火山の大規模噴火とはな。逆に考えるべきか、早雪対策をしていたから問題は多くないのだが」


「まさかとは思いますが、ユニオンの独立をあえてその早雪の年にやったのは狙っていたのですか?」


「亡きエスパシオの真意は定かではないが、おそらくそれもあったのだろう。あえてお互いが動けない時期を選び、不要な戦争を起こさせないようにするためかもしれない。

 だが、急激な技術発展については想像だにしていなかっただろうな。共和国のおかげで技術革新が訪れ、おかげで早雪への蓄えは十分に進めることができた。これだけ灰が降られては飛行機は飛ばせないし、新車も灰だらけでオーナーたちが怒り出しそうだ。だが、これまでの早雪ではそんな余裕さえもなかった」


 椅子に浅くかけていたせいで、おろしたてのスーツを早くも質の悪い皺だらけにしたバスコが体をゆらりと起こして座りなおした。


「それにしてもだァ。早雪のための備蓄を無駄に消費したところに北部辺境部隊の離反。連盟政府の全軍移動は完全に悪手だったなァ。北部の連中は寒さにはめっぽう強いィ。

 辺境はもともと寒くて、早雪の年であっても例年を下回ることはない。いつもの冬が早く来るだけだァ。もともと日差しの少ないところに住んでいた連中だ。普段の貯えに加えて早雪の年には倍以上に蓄える。早雪も大したことないらしいィ」


「始まりの挨拶はこのくらいにしておこう。話すべき議題だが、その北部の連中についてだ」と切り出したルカスは始まるや否やさっそくと俺の方を見た。


「連日、似たようなことばかり話して君も飽きている様子だな」


 起き抜けの倦怠感はなくなっていたが、確かに似たような内容が連日繰り返されており、なおかつユニオン東部マルタン戦線の停滞により俺は、ややぼんやり、何となく会議に参加していた。思わずその図星をつかれて背筋を伸ばしてしまった。それにルカスはフフッと笑った。


「そろそろ動いてもらおうか、イズミ君。君はどうやら現場の方がいいようだな」

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