再結成……? 後編
「こんなんじゃ、ダメだなぁ~」
報告書を読んだシバサキが、難しい顔をして唸っている。
書類管理をしているレアが報告書をごまかしていたが、依頼の難易度が下がり続け、それに伴ういい加減な結果はもうレアにもごまかしきれないレベルにまで落ち込んでいた。一度目を通したが、後半に行くにつれて内容は薄いものをさらに伸ばしたような報告書になっている。テーブルの上に報告書をバサッと投げて、大きなため息をついた。
お昼前、いつものカフェに再び殺気の漂う異空間を作り上げていた。
「全然ダメ。それになんなの? この迷子探しとか、ふざけてんの?迷子のガキ100人見つけたからって目的は達成できないよ?今世の中は混迷を極めているんだから、もっと、こう、わかるでしょ?あ~あ~、世の中はもっと救われてなきゃいけないのになぁ」
と背もたれに寄りかかりさらに続けた。
「ミカチャンやユッキーがいたのにもかかわらずこの体たらく。キミはホントに周りまでダメにしていくやつだな。すこし根性叩きなおさないとな」
何回目かわからないようなため息をついた後、顔を上に向けて悩んでいるような小さな唸り声を出している。どうしたものかなぁ、まいったなぁとぶつぶつ言いながら顎や口を手で覆っているシバサキ。
しばらくそのままだったが、はたと何か思いついたのか、シバサキは突然姿勢を正しかと思うと目を見開いて口角を上げ、そして立ち上がり店の外へ出た。食い逃げかと慌てふためく店員に会計を済ませて付いていくと、店の外で移動魔法を唱えポータルを開いていた。
「オラ早くいくぞ!もたもたすんな!」
開いたポータルに向かって空気が吸い込まれていて、見えている先には春先とは思えないような雪景色が広がっている。
ポータルをくぐると見覚えのある雄大な白い山々が望んでいる。冬の装いの俺には春の陽気のノルデンヴィズでは暑かったが、着いた先の気温はぐっと下がり、もはや凍えるほどだ。中腹に雲を抱えるその山はいつかアニエスと来た雪山ヒミンビョルグのようだ。
いきなりこんな雪山に連れてきて何をするつもりだろう。肩をすくめてシバサキを見ると
「うぅさみぃ、イズミ、お前はあの山で修行しろ。テキトーな時期過ぎたら迎えに来てやる」
ふざけるな。何を言っているのだ、この男は。
聞いた瞬間血の気が引いた。ここは入った人間は自殺扱いになる山だ。それはつまりどういうことかわからないわけではあるまい。アニエスからも聞いていた。彼女と訓練した場所も山中と言うよりは麓の平らなところで、それより奥地はどれだけ準備しても誰一人戻ってこないのだ。つまり遭難死するのはほぼ確実だ。
「イズミ一人にそんなことはさせられません。リーダー、あなたはここが何と呼ばれているかご存知ですか? 入れば自殺扱いです。誰も救出には向かわないし、仮に捜索されたとしても二次遭難が起きます」
カミーユが俺より先に反応し、間に立ちはだかり険しい顔をしてシバサキを睨み付けている。しかし、シバサキは動じることもなくそれどころか呆れたような顔をして見返した。
「知ってるとも。だ、か、ら、ここを選んだんだよ。これくらい乗り越えなきゃいけないんだよ。僕だって昔はもっともっときつい訓練をしたものだ。あのころに比べて若いのは軟弱でこれからが心配だよ」
やらせようとしている無茶な訓練がまるで当たり前のような話しぶりだ。シバサキの若いころの、盛りに盛られた昔話は女神から聞いていたが、そんなことをしたような話はどこにもなかった。本当に死ぬような訓練を乗り越えたなら自慢話に花を添えて吹聴して回るはずだ。
訓練どうこうではない。もしかしたらシバサキは俺を殺そうとしてるのではないだろうか。ここに放り込めば手を汚さず、疑われずに殺せる。
考えただけで息が苦しくなりつばが飲み込めなくなった。
「では私もイズミに付き添います」
カミーユは相変わらず折れない。意思を譲らないその背中に、俺は何かを期待してしまい、すがるように手を伸ばしてしまった。あわよくばこのままこの犬死の行軍を回避できるのではないだろうかと。
「なんでよ? ダメに決まってんじゃん」
「一人では確実に死にます。生存の可能性を上げるためです」
「いやダメだよ。一人で行かせることに意味があるんだから。それにミカチャンが死んじゃうよ?もうイズミは生きるとか死ぬとか、そういうことを言っている余裕もない段階なんだよ? これをやらなければ死も同然だし、もし乗り越えて状況打破できるならやったほうがいい! うん、間違いない」
もはやダメだと悟ったのか、カミーユは下を向き、ため息を吐いている。
「では」といい少し間を開けた後「休みをいただきます」と言った。
シバサキは顔をしかめて顎をこすった。
「え? バカなの? ダメって言ってるの、わかる?イズミは僕みたいに何事にも命を賭していないとダメなんだから」
「一週間ほどいただきます」
カミーユの話など聞いていないかのように背中を向けて、シバサキは鞄の中を漁り始めた。
「おい、イズミ。おまえの杖はここ置いてけ。それからこれ渡さないとな」
近づいてきて何かを持った手を大きく振り上げた。次の瞬間、背中に激痛が走った。
「魔法使うとか修行の意味なくなっちゃうから、封印しといた。俺以外はがせないからそれ」
何かを力いっぱい叩きつけたようで、じんじんとした痛みが背中に残っている。何が貼られたのかわからず、それ確認しようとする間もなく「ホレ行ってこい」と背中を蹴られた。前のめりになると目の前に突然ポータルが開き、どこかに放り出された。
抜けた先の視界はまぶしい白一色で、地面がどこにあるのか、それが近いのか遠いのかもわからず顔から雪原に落ちた。起き上がり頭上を見上げると、手の届かない高さにあるポータルがゆっくり閉じていくのが見えた。気圧の変化で耳が痛い。ポータルが閉じるにつれてそこから聞こえていた音は聞こえなくなっていった。何かを怒鳴るカミーユの声ももう聞こえない。白銀の無音の世界に包まれた。
立ち上がると少し地面が傾いていて、山の中の傾斜の緩いところの様だった。
訓練。何をすればいいのだ。杖もない。
はっと杖が手元にないことに意識が集中すると、手足がゾクゾクと震え始めた。
俺には自らを守る手段がない。杖はアンプリファイヤであり、よほど魔力が強くない限り何も出せない。どさくさで魔法使いになり、その後も勢いで賢者になった俺はアニエスと訓練はしたものの杖なしでは何もできないのだ。そして何だかよくわからない魔法を禁止する処置を施されている。
衣替えを面倒くさがったおかげで冬物を着ていたのは幸いだったかもしれない。それでも寒さが体に染みてきた。
あたりを見回そうとするも、雲の中なのか視界は開けていない。視界が効くのはせいぜい半径10メートルぐらいだろうか、それより外は白一色だ。数メートル先にトウヒの木が少し密集したところを見つけ、寒さしのぎのために雪でかまくらを作ろうとした。
しかし雪は深く、そこに行くまで足を取られ進むことすら精一杯だ。何とかたどり着き、今度はかまくらを作ろうとするも握っても固まらないほどやわらかい雪質のせいで作ることができない。雪の中で動くとやたらと汗をかく。汗が渇くと体温を奪う。喉が渇いてしまうのでとりあえずその場しのぎで雪を食べた。
呼吸を整えるために倒木の上に腰かけた。
どちらが麓で、どちらが山頂なのか全くわからない。下手に動けば本当に自分自身さえ見失いそうだ。
最後まで残っていた自分の動く音さえなくなると、トウヒの木は枝から雪を落とすことをやめて静まり返り、冷えた石も音を吸収していく。すると白い世界に取り残されたような気分になり、涙が出そうになった。
俺は何をやっているのだろうか。思い出すのはこれまでのこと。
こちらに来て使命だけでなく、立場や力まで与えられていたのにもかかわらず、大したことは何もしていない。やったことと言えば伯爵を救出したことぐらいだ。それもできれば思い出したくない。
俺は何のためにあのチームに入ったのだろうか。
なんとなく、もう何もかもどうでもよくなってきてしまった。
確か、前にもあった。ノルデンヴィズで吸い殻の入った灰皿ウィスキーを飲まされたときだ。あの帰り道、凍死してしまえばいいと思っていた。俺は今まさにそうなろうとしている。
昔テレビか何かで聞いたことがある。凍死するのが一番楽だと。
眠くなって気がついたら死んでいる、みたいな話だ。死んでいるのに気づくとは笑える。でも、残念だけどそれは嘘のようだな。寒さが強すぎると体が突っ張るように痛くなるのだ。体温を下げまいと体中の筋肉が硬直しているのかわからないが、楽なものではない。
このまま本当に寝てしまったほうが楽ではないだろうか。
「イズミ!」
雪にとらわれて聞きづらいが、誰かの呼ぶ声がした。しかしあたりを見回しても誰もいない。
放り出されたあたりのほうへ歩み寄ると、カミーユがいた。
彼女を見た瞬間、全身の筋肉が緩んだ。まるで凍りかけていた心を溶かすかのようにじんわりと温まった気がして、あぁーと情けない声が思わずこぼれた。
「イズミ、大丈夫ですか?理由はわかりませんがポータルが再び開き、姿が見えたので来ました。しかし開けるだけでもう閉じられてしまったようです。彼は本当にめちゃくちゃです」
カミーユは残念そうに唇を結んでいる。
近づいてきて防寒着を俺に渡してきた。レアがカミーユに持たせたもののようだ。レアはこの状況はもはや回避不可能と判断して、すぐに動きだしてくれたようだ。だからレアはヒミンビョルグの麓に来たとき何一つ言葉を発さなかったのか。
俺がいなくなった後、地面に突き刺したままおいて来てしまった杖をシバサキは持ち上げようとしたらしい。もういらないだろう、このまま売っぱらってしまって活動資金にしたほうがいい、戻ってきたら割り箸でも買ってやろうと言うと、杖を地面から引き抜こうとしたが一向に抜けることが無かった。いらだち始めて杖を蹴ろうときにシバサキのほうへ勢いよく飛び上がり顔面にぶつかった。
鼻血を出して尻もちをついたシバサキは地面から外れたこと幸いと再び持ち上げようとしたが、またしても持ち上げることはできなかった。さらにいらだちが増したのか今度は踏みつけようとして足を上げた途端、杖は立ち上がった。そしてまるで杖自身が開いたかのようにポータルが出現したらしい。すかさずカミーユが風を切ってそれに飛び込むと、どこかへ連絡を取っていたレアがそれに反応して振り向き、目配せの後閉まり始めたポータルに向かって二人分の防寒着を投げた。それを受け取ったカミーユはここへ来たようだ。
持ってきたカミーユの体温が移った防寒着を着ると、全身が暖かさに包まれてさきほどの全身が突っ張る感じから解放された。何で死んでしまおうかなどと考えていたのか、先ほどの自分が馬鹿らしくなって笑ってしまった。
それにしてもなぜポータルが開けるのに杖の奴は、ぽっきーは来てくれないのだ。薄情な奴だな。
「カミーユさん、ありがとうございます」
「私は仲間を守りたいだけです」
白い息を上げながらあたりを見回していて目を合わせくれない。
来てくれただけで十分うれしかった。この視界のきかない雪山で一人途方に暮れて死を待つだけではなくなったような気がしたからだ。ぽっきーが無いことで感じる不安がすこしだけ弱くなり、ゾクゾクとした感じがおさまった。
「カミーユさん、どうしましょうか」
「私も勢いで来てしまったので」
ただ心配してくれて、勢いで来てしまったのだろう。どうしようのなくなってしまうのは彼女も同じはず。
二人してため息を吐いて下を向くと再び無音の世界に包まれた。
せっかく来てくれたのだ。ぼぅっとしていてはいけない。
生き残るには、生きて山を下りるにはどうすればいいか。
ヘリコプターやドローンはこの世界にはない。空を飛ぶという概念が無いのか、飛行技術の結晶を何一つ見たことが無いので上空からの捜索は期待できない。つまり、ほぼ絶望的。上も下も方角も現在地も分からないので移動魔法は使えない。生き延びたければ自力で降りるしかない。では傾斜の下に向かって降りていけばいい、とそういうわけではない。もし降りた先が沢筋ならここより危険だ。
山の天気は変わりやすい。吹雪くこともあるが、快晴はないにしても一瞬の晴れ間が出て遠くまで見渡せる可能性もゼロではないはずだ。まず、様子を確かめられるまでしのぐための風よけ雨避けが必要だ。そして食料。水が必要だ。
しかし、周りにある生き物と言えばトウヒの木ぐらいなものだ。
本当にどうすればいいのかわからない。と振出しに戻ってしまった。
いや、そんなことはない。一つ大事なことがある。なぜシバサキがこんなところへポータルを開けたのか、ということだ。
それはつまり、ここにシバサキは訪れたことがあり、なおかつ来る方法も分かっている場所ということだ。
「カミーユさん、シバサキがここに来る理由、何か思い当りませんか?なにか、こう、雪山がどうとか言ってたことはありませんでしたか?」
訊ねるとカミーユは何かを考えるように、顎に手を当てた。どうやら心当たりはあるらしく、しばらく黙った後、何かを思い出したのかふと顔を上げると
「確か、ユリナが、イズミが加入する前にいた賢者がシバサキに、雪山の別荘に来いと何度も誘われて気持ちが悪い、とよく言っていました」
それだ。間違いない。生存の可能性を見いだせた気がして拳を握る。
別荘なら何かしらの道具はあるはずだ。雨風はしのげて火も起こせるかもしれない。さすがのシバサキも俺を殺す気はなかったようだ。しかし、こんな人気のないところに別荘など持って何をしていたのだ。
「カミーユさん、別荘を探しましょう。あるはずです。移動魔法は場所がわからないと使えません。だからシバサキはこの場所を知っています。おそらく別荘があるからこの場所を知っていた。だからポータルを開くことができたと考えられます」
「確かに、そうですね。ならば急ぎましょう。もう四、五時間もすれば暗くなります」
雪は降っていないので、足跡はかき消されない。できる限り足跡を残しつつ周囲を捜索することにした。消えてしまった場合にも備えてできるだけ多くの木の枝を集め目印として活用することにした。
「イズミ、時計はもっていますか?」
「持ってますよ」
カミーユには考えがあるようだ。これだけ雪深い山の中で別荘から出て朝のお散歩などするはずもないうえに、建物から遠く離れた場所にポータルを開くのも考えづらい。つまり、別荘は意外と近くにあるはずだ。
そこで、捜索は行きに10分、帰りに10分、往復トータル20分と短時間の繰り返しを行うことにした。それ以上は絶対に時間をかけない。万が一危険に遭遇した場合はすぐに引き返す。そして10分休憩したのちに再び別の方角を捜索。四時間の余裕があると考えて、二人でほぼすべての方角の徒歩10分圏内を捜索することができる。さすが時間に厳しいカミーユだ。この状況で冷静に考えられる彼女がいて助かった。
「捜索を始める前に一度時間を揃えましょう。現実時間と多少ずれは生じますが、日没と言う大まかな時間の前では誤差のうちのです。私たちの行動時間の共有こそが生存につながります。くれぐれも時間厳守ですよ」
つまりタイムリミットは二人とも死を迎えるということか。
「わかりました」
そういうとポケットから時計を取り出し、そして時計を一度止めた。
俺たちは並び、
「5、4、3、2、1、0。始めましょう」
カチッと音がして二人分の時計は秒針が動き出し、短期決戦でシバサキの別荘探しが始まった。
スタート地点としたトウヒの木も、反対側を探すカミーユの姿もすぐに見えなくなってあたりは再び銀と白の静寂の世界が訪れた。聞こえてくるのは自分の足音だけ。さっきまで話をしていたカミーユがまるで最初からいなかったかのようにあたりは無に包まれている。
不安になり、後ろを振り返る。足跡はきちんと残っている。
カミーユが持ってきてくれた防寒具の袖を握り締め、時計を眺める。カチカチと音をたてているそれだけが彼女とのつながりのような気がした。
反対側を探す彼女も同じ気持ちに違いない。
雪の下は一切見えず何があるか全くわからない。溝や穴に気を配りながら捜索をした。
10分経過しただろうか。相変わらず何もない。時計を見ると10分を少し過ぎたところだ。引き返さなくてはいけない。
目印にしていたトウヒの木に戻りついた。
近づくとカミーユがいた。彼女を見ると安心感がわいてきた。
少し早歩きになり近づくと
「イズミ!!遅い!2分13秒も経過しているではないか!!!」
ぐわっと手が飛んできて胸ぐらをつかまれた。
「ご、ごご、ごめんなさい」
「時間厳守と言ったではないか!」
というカミーユはつかんだまま放さなくなった。よく見ると小さく震えているし目の端に光の粒が見える。普段の彼女からは考えられないような感情が表に出てきてしまうほどさみしい、怖いと感じるのは俺だけではなかったのか。
「つ、次はきちんと守るようにしてください」
胸ぐらから腕が離れて行った。
それから10分休憩が始まった。座るとわき腹に違和感を覚え、上着のポケットに手を入れて確かめると何かが手に触れた。
持ってきてくれた上着にはわずかばかりながら道具を入れておいてくれたようだ。短時間で用意したのだろう。少しだけの飲料水、着火装置、チョコレート。
すぐに飲める水は貴重だ。まだ体力が残っているうちは雪でも食べてのどを潤そう。雪の塊を持って口へ運んだ。
「イズミ、喉が渇いたからと言って雪を食べてはいけませんよ?」
と言われ小さく飛び上がってしまった。いけない理由はなんとなくだが知っている。しかし、こちらは大気汚染があるわけではなさそうだから大丈夫だとは思うが。
カミーユは水の入った容器を口に当てがい、喉を少しだけ潤している。
今まさに食べようとしていた上に、放り出された後かなり食べてしまった。さっきは緊急事態だから仕方がない、と言うことにしておこう。
「いっ、そ、そうですよね」
その場に雪を落としてごまかした。
休憩ののち、再び捜索が開始された。
2回目、3回目、4回目、5回目、繰り返される捜索に体力が奪われていく。
積もっていくわけでもないのに雪に足を取られ脚は重くなり、動きづらくなっていく。捜索範囲も次第に小さくなっていく。
このまま別荘は見つからないのではないだろうか。もしかしたら別荘などもとからないのではないだろか。視界の雪がピンク色に見えてくる。体が熱い。
それでも先の見えない別荘探しは続いた。
6回目の捜索を終え、トウヒの木のもとに戻るとすでにカミーユはその場所に戻っていた。戻ってきた俺を見て
「イズミ、別荘は見つけました」
と言った。それを聞いたときあばらが引き締まるような気がした。別荘が見つかったのならば状況はよくなる。たどり着ければある程度はしのぐことができる。
しかし、うれしい報告をしたはずのカミーユの顔は浮かない。顎を下に傾けて眉をしかめている。もはや嫌な予感しかしない。
カミーユに導かれ、別荘まで案内された。別荘はわずかにあった傾斜の下のほうにあるようで、坂を下り始めた。先を歩くカミーユの足取りは重く、体力に自信があっても疲れは見え始めているようだ。
俺は息も絶え絶え下を向いて彼女について行き、見失わないようするだけで精一杯だった。
「着きました」
顔を上げるとそこには別荘があった。
その姿を見て俺は足腰の力が抜けた。
半分以上吹き飛んだ屋根、部屋だった場所に積もる雪。道具は散乱し、まともに使えるものはほとんどない。
視界の前に現れた別荘は廃墟と化していたのだ。
その姿に自分の思っていたものとのギャップに希望が途絶えたような気分になった。
「無いよりましだと、考えましょう」
そういうと建物に近づき、取れかけた扉をどけて中に入って行った。かろうじて薪ストーブのある部屋は生きていた。中に雪は入っておらず、雪や風はしのぐことができそうだった。
吹きさらしの壁をはがして風よけを作り、軒下に残されていた薪を燃やした。
乾燥してなかなか火がつかないと思っていたが、さすがは商会の着火装置。強烈な発火力で薪を燃やすことができた。
焚きつけの後、薪に火がついて炎が大きくなった。少し暗くなり始めていたあたりをやさしいオレンジがゆらゆらと包み込む。木の焦げるにおいを吸い込むと落ち着きはじめた。炎を見ていたら全身の力が抜け始めて、立っているのもきつくなってきた。
ストーブのそばの壁に背をもたれずるずるとへたり込んでしまった。
怖くなってあれだけ避けていた火がありがたく思えてきて、今では見ているだけで安心する。
手元を見ると誰かへ宛てた手紙が落ちていた。この建物の昔の、シバサキより前の住人のものだろう。俺たちが燃やせるものを漁ったせいで出てきたのだろう。趣味が悪いが、封筒を開けて中身を見ようとした。封を開けると黄色くなった紙が一枚でてきた。
"私の愛しいツェツィーリヤへ。君が生まれたときは本当にうれしかった。母親のクラーラに似て、、、"
視界がぼやけて読めなくなってきた。ストーブに目をやると、揺らめく炎が二重に見える。疲れたのだろう。火も付いた。時期に温かくなる。もう休んでいいだろう。
「カミーユさん、ちょっと寝ていいですか?」
「ダメです。火がついたからと言ってまだ煙突が温まったわけではない。もう少し待ちなさい」
「いいじゃないですか」
「雪をストーブで融かして水を得たいですね。何か鍋のかわりになるものを。おい、ふざけるな!まさか」
部屋の隅でへたり込んでいる姿を見たカミーユが近づいてきた。そして暑いくらいの手を頬や首に当ててきた。触れると眉を寄せて目を見開いた。
「冷たいではないか!? どうしてこんなことに!? イズミ、まさか雪を食べたりしていないだろうな!?」
「食べましたよ。喉乾いたから」
「なぜ水を飲まなかった!?どれだけ食べたんだ!?融かすために体温を奪うからダメだと言ったではないか!」
「わりとたくさん。水はカミーユさんに渡そうと思っていて」
「何を言っているのだ!? 私の分はある! だからそんなことはしなくていい!」
「それにしても熱くなってきましたね。上着とかもう脱いでいいですか?」
体の奥のほうから熱がこみあげてくるようだ。今すぐにでも服をすべて脱いでしまいたい。
「よせ! ぬぐな!」
「いやだなぁ。止めないでくださいよ。暑いんだからいいじゃないですか」
「だめだ! 許さない! おい! しっかりしろ! 私を一人にするな!」
脱ぐ手を抑えられると何かを思い出した。そういえば俺たちはなぜこんなところにいるんだったか。彼女はどう思っているのだろうか。眠る前に聞きたい。
「なぁカミーユさん、俺たちって何のためにチームを組んでいるんでしたっけ?」
「どうした!? 私たちがチームを組んでいる理由か!?それは」
カミーユの動きが止まった。そして頬の上に温かい何かが落ちてきた。それは一つ一つと増えていき、最後は流れてどこかへ消えた。泣いているのか。
ああ、やっぱりそうだったんだな。
彼女は戦いを終わらせるために戦いに参加していた。それなのに日々を送ることだけに必死になり、目的を果たせないことに心のどこかで違和感を覚えていたはずだ。来る日も来る日も繰り返して歯がゆい思いは募って行ったのだろう。
こんな状況になり追い詰められていた彼女の心は俺の問いのせいで我慢させていたものを決壊させてしまったようだ。
そうだ。少し休んでここから降りたら独立しよう。そして彼女と一緒に本来の目的を果たそう。彼女の手を握る。すると力がうまく込められない手を強く握り返してくれた。
「俺たち、もう立派な仲間ですよね? 俺も少しは強くなったと思います」
「そ、そうだ。イズミはもう強い。強くなった! だから、だからしっかりしろ!」
「カミーユさん。戻ったらもうシバサキのチームなんかやめてさ、俺と新しくチームを作りましょう。とりあえず少し寝かせてください」
「そうだな! そうしよう! レアもすぐに合流して、イズミと三人ならきっと魔王なんて、すぐ」
声が遠くなってきた。暑いし眠たいな。
「おい、イズミ! イズミ!」
カミーユの呼ぶ声がする。呼んでいるのにどんどん遠くに行くように聞こえなくなっていく。もう眠たくて仕方がない。
だいぶ疲れたようだ。深く深く落ちていくような、意識さえも体から遠ざかっていくような、ただの眠気ではない世界に落ちていく。
前にもあったな、この感じ、東京で。
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