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魔法使い(26)と勇者(45) 第二話

 酔っ払いがビンを抱えて道端で寝ているのをよけながら路地裏を進むと、紫とピンクの魔力照明がねらねら光る怪しい看板が掲げられた店についた。


「あの二人がいるとここには来づらくてね」


とシバサキさんが言いながら店のドアを開けると、中には中年男性たちがひしめいていた。ひょっとして色々な意味で発展するのではないだろうかと一瞬頭をよぎり内臓がヒヤッとしてしまった。

 しかし、よく見るとその男性たちの間に艶やかな女性もちらほら見受けられてそれぞれに酒をかっくらい騒いでいたのでそれはないだろうと思った。なるほど若い女二人を連れて入るのは無理だ。


 図体の大きな男性たちをかき分け、席に着くなり何か言うまでもなく出てきた生二つで一方的に歓迎会が始まった。ただここは日本でも地球でもないので、ビールによく似たなにかだ。ビールは好きではない。パンやパスタなどおいしい料理がたくさんある麦をどうしてあそこまで苦く、それだけでなくきつい炭酸まで入れて飲み辛いものにしていることが考えられなかった。それでも無理をして乾杯の一杯目をごまかせる程度には飲めるようになっておいてよかった。


 目の高さくらいでジョッキを合わせると、4分の3ほど飲み干してブハァといかにもため息を漏らしたシバサキさんが語り始めた。


「いいかい。イズミくん。勇者とその仲間っていうのは家族なんだ。いついかなる時もみんなで手を合わせ、力を合わせて困難に立ち向かうんだよ。一人でもかけてはいけないものだ。秘密もあってはいけない。それは動きを鈍らせる人間の弱点たりえるからだ。もちろん、恋愛もだめだぞ。それに悪の脅威にさらされて民衆は常に虐げられている。だから一刻でも早く悪に打ち勝つために24時間体制でなければいけないのだよ。選ばれた僕たちは多少つらくても常にそのプロであることを自覚しなければならない」


 手に持っていたグラスを置き、両手で頬杖を突きはじめて何かとてもいいことを思い出すような目をした。そして、うんうん、と改めて言葉の意味を噛みしめるように頷いている。

 それに、はぁ、と返事をするとシバサキは続けた。


「僕もね。最近まで下っ端だったんだよ。でもね、ついこの間やっと勇者になれたんだ。昔から憧れてたんだよね。最近の若い人はなりたがらなくてさ。リーダーになるのがいやだ。責任取りたくない。定時で上がれない。そんなのばっかりでさ。それに前任者が歪んでた人でね。五時になったらすぐどっか行っちゃうし、タバコ休憩とかでちょくちょくいなくなったからね。そこで長年真面目に過ごしてきた僕が指名されたわけだよ。他に任せられる人がいないって。長年やってて本当に良かったよ。やっと自分の実力が認められたってね。これからは組織も改革しなければね!」


 残りの4分の1をカッと飲み干して一杯目が無くなり、空になったグラスを置いた。するとシバサキさんは「ところで、今僕が少しだけ飲み物を残したか、なんでかわかる? 無くなりそうになったら次のどうするか聞いたほうがいいよ。最初は仕方ないね」と言うと店員に手を上げて同じものを頼んだ。


 初対面の落ち着きのなさで全く気が付かなかった。しまった、失礼なことをしてしまったと焦りをさらに加速して、鼓動が聞こえそうなほど跳ね上がる。

 しかし、シバサキさんはまるで何事もなかったようにつらつらと自分の経歴話を再開した。



 だいぶ長くなってので話していたことをまとめると、シバサキさんは戦闘員から最近格上げになったらしい。前に勇者をやっていた人は風俗通いや女癖がひどく、梅毒をうつされて神経症状が出て動けないそうだ。そして若い娘のタンスを漁っているときのその持ち主である娘の恥辱に耐える表情がいいという歪んだ趣味というか倒錯があったらしい。それもあってか実質クビになった。しかし、空白の席をあまり長期に設けてしまうのは都合が悪い。誰かいないかと志願者を募るも、募集要綱が厳しい時点でほとんど辞退していった。そこで25歳の時から長い年月戦い続けたベテランの戦闘員をやっていたこの人が勇者に大抜擢だそうだ。


 彼の話を聞いていて思ってしまったが、それはなかば押し付けられたというのではないだろうか。彼はそれに気づいているのだろうか。しかし、仮に気づいていたとしてもそれを口に出すのは些か酷だ。

他にやりたい人がいないということを、自分の実力を買われた結果まかせられたと脳内変換しているのか、それともただ別の何かでひょっとしたら実はものすごく優秀なのかもしれない。押し付けられたとしても本人が満足ならそれでいいのだろう。


 しかし、まだ戦いや日常の中での彼を見ていないので評価してしまうのはよくない。俺自身も人を評価できるほどに大したことはしていない。


 その後も饒舌なシバサキさんは止まらなかった。

 前の勇者はそれはそれは強かったようだ。早く帰りたいがために道をふさいでいた山のような竜を消し飛ばしたり、どこかの嬢が殺されて一糸まとわぬ姿、つまり全裸で敵地に乗り込んで腹いせに砦を何個か落として無傷で帰ってきたとかで、理由はともかく戦況を一変させることができるほどの力を持っていたらしい。

 自分のために動いて用事がすんだら即帰る。助けられた人たちに名乗らず去っていくその姿はあまりにも英雄的で、その名を知ろうと人々がうわさをはじめ、また別の地域でも似たようなことが繰り返されていき、結果としていつしか大英雄としてその名は轟いた。

 そして、その人々の束ねられた尊敬の念を本人は全く知らないというところがまた憎らしいほどに英雄的だ。英雄、英雄とたたえられ続けた期間も長くなり、それにより大人の社交場での待遇が良くなるので、動けなくなる少し前は進んで人助けをしていたとか。

 しかし、何でも一人でやってしまうワンマン故に、自分の直属の部下を特に指図しなかった。それゆえ部下の育ちはあまり良くはなかった。倒錯さえなければ豪放磊落な英傑。英雄色を好むか、惜しい人材だったと褒めているようで貶しているような気もする。


 それ以降は話を聞けば聞くほどにどんどんと上の空に意識が登って行くような感じだった。20年憧れていていいものはポ○モンマスターだけだろう。果たすべきことより勇者になること自体が目的になっていて、なれたからもうどうでもいい、自分の目が黒いうちは現状維持などと思っているのではないだろうか。

 勇者とかいうポジションは他にも何人かいるし、その誰かがやればいいとか思っていそうである。それに勇者は権力と言うか、そういった点で多い優遇されるから保身に努めることにやっきになりそうだ。タンス漁ってもつかまらないぐらいだ。人々に讃えられ与えられる勇気の称号と押し付け合いの結果の称号の名前は、行いの如何にかかわらず一緒なのだな。


 うんざりしてはいけないと思いつつも、ますます熱を帯びるシバサキさんの話など気が付けば俺は何にも聞いていおらず余計なことばかり考えて、空相槌ばかり打っていた。


 重ねて思うが何も知らない、始まる前からレッテルを貼るのはよくない。だがどうしても頭の中に浮かんでくるのは嫌味ばかりだ。

 ほとんど飲んでいないビールで唇を濡らすためにグラスを持ち上げ、飲んだふりをする。とっくに飽きてしまった麦の匂いが鼻の奥に押し付けられて、ぬるくなり炭酸が抜け苦味だけが残ったビールはふりすらきつい。


 空相槌ばかり打っていてばかりでは聞いていないことを悟られてしまいそうなので、当たり障りのないことを聞いてみた。


「20年近く戦い続けてるみたいですけど、そんなに戦況は停滞しているんですか?」

「そうだねぇ。もう何年も戦争は続いているよ。この場所は平穏無事らけど争いはこの瞬間も続いているんだよ。その平穏は僕たちだけではない他の人たちも戦っているからなんら。だから、僕たちも頑張らなければなららいね」


 ららららい。酔っているのか、ところどころ舌が回っていない。

 目を細め一呼吸置いた後にゆっくり答えた。感慨深そうな表情をして遠くを見つめている。それはまるでありとあらゆる修羅場を乗り越えてきた歴戦の老兵のような顔をしたいというような表情で、それが薄っぺらなのが透けて見える。

 安全圏でのん気に酒飲んでる勇者さまにそんな赤ら顔でそんなこと言われても。


 しかし、会話が途切れた一瞬後、「そういえばキミ、日本から来たの? 名前がなんとなく日本人っぽいからさ」と切り出してきたのだ。

 予想だにしない発言に驚き、へっと息をのんでしまった。シバサキという漢字で書けそうな名前をしていることにうすうすと何かを感じていたが、偶然だろうと気にしないうちに忘れていた。

 日本から来たことを打ち明けた。すると、地元の話で盛り上がった。おそらく心のどこかで故郷が懐かしいという感覚があってそれを誰かと共感したかったのか、自分でも信じられないほどよくしゃべったと思うほどだ。

 シバサキさんは若いころ、具体的には2000年に日本から来たこと、あの海賊漫画が未だに終わっていないこと、ハンターの漫画はまだ30巻ちょっとしか出ていないこと、タッチパネルが当たり前なこと、リンゴのロゴのメーカーの携帯電話が普及していることなど、2000年ころには考えられなかったことを話すと興奮気味に前のめりになってさまざまなことを聞いてきた。このおっさん意外といい人だ、と思った。


 だが、そう思っていた帰り際のことだ。気前よく今日はおごりだと全額支払ってくれたシバサキさんは上機嫌で店から出てきた。

 狭い店内で会計を待つのは邪魔だと思い、俺は店の外で待っていた。


「シバサキさん、今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」

「これから長い付き合いになるんだから、おとうさん、でいいよ。さん付けだなんて水臭い。ホラ言ってみ」


突拍子もなく恥ずかしいことを要求してきたのだ。

しかし、おごってもらった手前言わざるを得ない。


「そ、そうですか、お、おとうさん」


 絞り出すようにおずおずと言われた通りにした。

 それを聞いたシバサキさんは満足げになり鼻の穴を膨らませた後、振り返り背中越しに手を振って帰っていた。

 慣れていたいはずの生をグラスの四分の一も飲めずに終わり、決して飲みすぎたわけではないのに喉の奥のほうが酸っぱくなり気持ちが悪い。

 路地裏でこっそり吐いて、宿に戻って着替えないでそのまま寝た。

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