表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

399/1860

ノルデンヴィズ南部戦線 第一話

 北部の反抗的な元領主であり、無実の罪で連盟政府を追われ逃亡者の身となったあの北国の恐ろしい熊、カルル・ベスパロワの、彼たった一人での反乱であるならば誰一人として見向きもしなかっただろう。

 だが、国境際で亡命政府支援軍がすべて戻ることになってしまったのは、反乱に与していた者が彼一人ではなかったからである。彼に付き従う軍隊が存在したのだ。

 では現在連盟政府内にある各自治領の主力軍はマルタンの国境沿いに集結している中でそれはいったいどこから出てきたのだろうか、などという疑問がのんびりと湧いてくるほどの時間は全くなかった。

 そう。遅れていて未だに首都サント・プラントンを目指している北部辺境領の軍勢がいる、と言うことを考えれば。



 カルルが反乱を起こした二日後のことだ。

 彼に追従する様に北部辺境の全部隊が一斉離反。カルル側についた。北方辺境領の部隊が遅れていたのは、不便で遠すぎるためではなく、この時のために遅れていたのだ。流れるように鮮やかに進んだそれは、すべてカルルによる策略の一環だったのだ。

 反旗を翻した領地は、彼のかつての領地イングマールの町のブルンベイクを中心に南はシュテッヒャー領ノルデンヴィズ、西はフェストランド領ヤプスール、東は砂漠までと自治領の数としてはおよそ15地域に及んだ。

 それぞれの領地に大きさの差はあれど、全てを合わせれば連盟政府の人口の8パーセントを占めることになる。一応の戦時と言うこともあり、人口に占める軍人の割合も高く、必然的に多くなる。

 連盟政府軍全体で考えればほんの一部だが、北部辺境部隊は総戦力をもってして動いているので、手薄になった首都の防衛では到底対応できない。帝政ルーア亡命政府の支援に来ていた連盟政府軍は、一部の戦力を残して撤退を余儀なくされてしまった。


 そして、狙いすましたかのようタイミングで、カルルの反乱と同時に夏が終わった。

 長い憂鬱な雨が降って、次第に気温が下がり、木々の葉が赤や橙、黄色に燃えていき、という移ろいゆく折々の風景のすべてを無視して突然に季節は一つ跨いだ。

 その年は気温が下がるのが異様に早く、太陽降り注ぐ季節の終焉と共に冬が訪れたように強烈な寒さに見舞われたのだ。ユニオンは例年通りなら冬が来たとしても普段は雪が降らない。だが、曇り空で覆われ暗くなりさらに雪もちらつき始めたのだ。


 俺は知らなかったのだ。知っていたが、気にもしていなかったのだ。かつてシロークの昔話で聞いていた、あの“早雪の年”がやってきたのである。

 早雪の年は、早雪と言うだけあって雪は降るがユニオンではちらほらと舞うだけで積もることはないらしい。しかし、雪が降って寒くなるだけではなく、様々な産業に影響を及ぼすのだ。農業に限らず、製造業、サービス業にもそれは及ぶ。

 五つか六つくらいの子どもたちは初めて見る雪に大はしゃぎだが、そのほほえましい光景すら大人たちからすれば異様なものでしかない。早雪の原因は海流の関係らしく地表だけの話であり、天体による影響ではないので陽の差す時間は平年並みの秋同様だ。冬ならば日が暮れるような時間でも、分厚い雲の下はまだ明るいので、何とも変な気分である。


 だが、その子どもたちさえも戸外から遠く引きはがされる事態が起きた。

 気温が下がり続けて一週間ほどだろうか。灰色と白の空模様でまたいつ小雪が舞うかわからない中、共和国の飛行船が飛ばない日が続いていた。連盟政府軍がもう八割撤退してしまったので、共和国首脳たちにより必要性がないと判断されて飛ばさなくなったのかと思っていた。

 しかし、ユリナからルカスへのホットラインで連絡があり、飛行船を当面の間飛ばせなくなったと連絡を入れてをしてきたのである。早雪であることは問題ではないが、それ以外にも気象に影響を与える大きな問題が生じたそうなのだ。

 共和国ウェストル地方の大きな休火山であったアカアカ・カルデラ(イレレロ・ルア・アクァアクァ)が噴火したのだ。ユニオンや共和国で聞いたあの昔話に出てきたあの火山だ。

 これまで起きていた海岸線の隆起や温水の流出などはその前触れだったのだ。共和国の学者たちもある程度は予想ができていたが、思ったよりも早く噴火してしまったらしい。その噴火の影響で大量の火山灰が北、つまり連盟政府領やユニオン領へ向かって流れているそうだ。


 その一報を受けて三日ほどだろうか、細かい火山灰が降り注ぎ、瞬く間に街を灰色に染め、ただでさえ少ない太陽光がさらに遮られることが多くなった。晴れていてもどこか薄暗いこともしばしばあるほどだ。やはり火山灰やそのほかに巻上げられたものの量が尋常ではないようだ。


 ちらつく雪に混じり、灰も降る。空は分厚い雲と灰に覆われ太陽を覆い隠す。ひどいときは昼でも照明が必要になる。早雪に噴火が重なるという、まさに最悪のタイミングだ。

 そして、これはユニオンには直接関係のない話だが、なんと連盟政府側の残された軍隊の装備は冬仕様ではなかったのだ。百歩譲って噴火による予測不可能な寒さについては想定できなかったというのは分かる。

 だが、早雪だと言うことは知っていたはずにもかかわらず、なぜか冬仕様の準備をしていなかったのだ。どういうつもりだったのかは知らないが、おそらく夏の間に蹴りをつけるつもりだったのだろう。

 そうなってしまうとユニオン側としても無視をすることはできず、上着を秘密裡に提供するという、何とも異常な事態が発生した。(ユニオンが使う正規品よりも大きなユニオン国旗のワッペンがバッチリついたものを送りつけた。無理やりはがせば思いっきり穴が開いて中身の綿がほとんど飛び出る鬼畜仕様)。

 当初は、指揮系統の喪失により軍紀や統率の乱れから発生する略奪を防止するため目的であったが、噴火前に航空偵察隊が目撃した、小さな焚火に何人も群がり、必死に寒さに耐え忍ぶ連盟政府軍兵士たちの姿を哀れに思ったことが大きい。


 それにより連盟政府軍の士気が低下、もはや喪失。彼らの敵はユニオンではなく、長い越冬となった。影響されたユニオン側の気も緩み、ユニオン・マルタン戦線の士気は凍える季節の如く低下、国境を跨いでポーカーを始めたり、呑気に歌など歌ったりと戦線とは思えないほどに停滞した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ