紅袂の剣騎士団 第二十二話
「それは違うな。連盟政府は徹頭徹尾亡命政府の肩を持つだろう。増やすのは敵よりも味方だ。ぽっと出の亡命政府などことが終われば権利やら財産やらを保障するそぶりを見せて、事後のどさくさに紛れて吸収合併してしまうつもりなのだろう。
そうだな。やり方としては、まずはトバイアス・ザカライア商会のマルタンへの出入りを書類の関係だの税関だので著しく制限して物流を滞らせ、内部の市民の不便さを煽り、世論を連盟に向くように誘導していくだろう。あくまで緩徐に、そして自然な形で」
「それは逆にカルデロンが入り込む隙にもなると思いますが」
俺はあえて言わなかったが、ヒューリライネン法の論文での一件で、商会と聖なる虹の橋はもめていた。連盟政府の方針に果たして賛同するのだろうか。実際に見たわけでもない。あくまで可能性の話だ。ひとまず黙っておこう。
ややあって俺の顔を見たルカスはさらに顔をしかめてしまった。
「あくまで仮定の話だ。連盟政府の目指していることの終わりなどを現実に起こるものとして考えるなど不愉快極まりない。そうならないように先手先手を取らなければいけない」
「しかし、今のところユニオンは追い詰められていませんか? 少なくとも連盟政府のペースにのせられている気もします。
ナンバー1と2が事件以降に姿を現さないのは、ユニオン内部で何かしらの混乱が発生しているのではないかと相手は思うはずです。
ルカスさん、あなたのことを信用していないわけではないのですが、とてもいい状態と言えないと思います」
「そうだな。追い詰められているぞ。それも滅茶苦茶にな! 帝政ルーアと言えば我々人類と戦いの歴史そのものだ。
たとえ亡命政府と言えど侮れはしない。おまけに飛行機も一機取られたそうではないか。私が蹴落とそうとしても感情を表に出さなかったあのバスコが珍しく怒りをあらわにしていたな! ふははは!」
何がおかしいのか、ルカスは大きな口をこれでもか、裂けてしまうのではないかと思うほどに開けて笑っている。その姿にいよいよ腹が立ってしまった。
「何呑気に笑ってるんですか!? 飛行機とられたのはまずいですよ!」と声を荒げてしまった。だがルカスは相変わらずの調子である。
「私もそれは非常に危惧しているぞ。盗られた飛行機はマルタン航空基地に仮配備していた全魔導複座式特殊空挺だ。
ユニオンには魔導空挺士と一般空挺士がいるが、それを操縦できるのは魔導空挺士だけだ。さらに動力から操縦、魔機銃に至るまで操縦者の魔力がものを言うのでかなりの魔法の使い手でなければいけない。それに『空を飛ぶ』という感覚をイメージ付けるまで乗りこなせる者を育てるまでに時間がかかる。
だとしても、早く手を打たなければな。ユニオンに錬金術師は多いが、魔力の高い魔術師は連盟の方が圧倒的に多い。
まだ気づいている者は多くないが、君も知っての通りあれは戦争の形を大きく変えるものだ。現在の戦い方である、遠距離からの魔法の打ち合いから始まりその後の白兵戦をするという平面的なものから、三次元的な殺し合いになる。
上空からの魔法攻撃、魔法が尽きれば爆弾の投下、さらにそれを阻止するための上空での飛行機同士での魔法の打ち合い、それ以上に想像もつかないような戦いも繰り広げられよう。
だが、空に障害物はない。先に空を制したものが勝者となる。そのために、戦時になれば自分たちが飛行機を使うために宗教的ドグマも安寧を理由に改変されるだろう。鳥は世界を救った! 救世主は空を飛ぶのだ! とか神話も書き換えられてな。
今現在、飛行機と制海権があってこそ互角、というところだな。もってユニオンはもって数年だな! ふぅっははは!」
ルカスはやや大げさに両手を広げてますます豪快に笑いだした。
「まさか死なばもろとものつもりではないでしょうね?」
諦めの大笑いではないと分かっていたが、尋ねないわけにはいかなくなってしまった。
それにルカスは、何を聞くのか、愚か者、とでも言うように方眉を上げ小首をかしげた。
「なぜ、偶然の産物とはいえやっと頂点に立てたというのに死を選ばなければいけないのだ。よく考えたまえ。
敵は“帝政”ルーアだぞ。この間まで私たちは君の素晴らしい能力を君の気前の良さに付け込み酷使してどこと話し合いをしたんだ? ルーア“共和国”ではないか。ふてぶてしくもユニオン領土に居座っているその帝政をかつて追い出した超々大国だ。
さぁ、イズミ君、もう言わなくてもわかるだろう? 私が何を差し置いてもすぐに来いと君を呼び寄せた理由と、君は君の持つその力で何をすればいいのか」
なるほど、そういうことか。
「今すぐ共和国へ行け、と言うことですね?」
「いいや、違うぞ」
ルカスはニヤリと笑いながら大きく首を横に振った。
「今すぐ共和国へ“連れて”行けだ! 君ばかりを英雄にはさせんよ! 君のすることは英雄の移送と護衛だ!ふはははは!」
一切の迷いのない堂々とした笑い方だ。こちらまで自信が出てきてしまう。
今度から移動魔法を使わせるたびにいくらか徴収してやろうか、豪快な喉の奥を見ながらそう思ったのだ。