紅袂の剣騎士団 第二十一話
「そうだ。連盟政府は帝政ルーア亡命政府ができることを知っていた。実践演習の噂はかなり前からささやかれていたことも考慮に入れると、亡命政府を作るように仕向けたのかもしれない。つまり、ミイラ職人は連盟政府と言うことだ」
やや断定気味にルカスはそう言った。しかし、腑に落ちない点がある。
「でも、クロエは連盟政府の関与は否定してましたが?」
それもクロエが嘘をついていないという前提が必要だ。彼女と深い親交があったわけでもなく、嘘をつかない人間だという確証もない。俺の尋ねにルカスは口角を上げた。
「イズミ君、それは実にくだらない言葉のあやだ。何と言ったか? あの、ナントカ橋のクロエ。彼女は君に“直接は”と言ったのだろう? 本当にくだらない。
確かに、連盟政府の人間はおそらくテロの実行犯でもなければ首謀者でもない。ここからは憶測の域を出ないが、飛行機を操縦していた実行犯の整備士と帝政思想を掲げる首謀者のあの騎士団を繋ぐのは調査団しかいないのだ。
調査団の一人、ヴァジスラフ・タンコスチを何らかの形で帝政思想に仕立て、ドラグーティン・デミトリエヴィッチの殺害などを通して亡命政府を作らざるを得ない状況に追い詰めた」
「まだ死因について結論が出ていないはずですが、自殺ではないと否定できるのですか?」
「自殺に見せかけるために使ったと思われるアジサイの葉は、見てすぐにアジサイの葉だと分かる状態だった。つまり未消化な状態だったのだ。
もし生きているうちに食べていたとすれば消化され、判別にそれなりに時間を要したはずだ。確かにアジサイには青酸化合物が含まれるが、中毒死するほど食べるには尋常ではない量が必要だ。それこそ胃が破裂して死亡するくらいにな。
おそらく青酸カリを使った殺害だ。連盟政府の誰か、おそらくクロエかイリスナントカの他の誰かが同僚を殺害したことへの罪悪感を煽り亡命政府だけが救済だと吹き込み、そこへウリヤの生存を伝えたのだろう」
彼の話には憶測が多い。だが、戦術や戦略も憶測の上に成り立っているということは無視されてはいけない。そうであろうと思い、最悪の事態を想定してこそ悲劇は免れる。ルカスの話を信じてみようと思う。
「ウリヤは帝政思想の代表格たるメレデントの娘だ。利用しない手はない、ということですか……。でも、チェルベニメク騎士団の犯行声明をなぜヴァジスラフ・タンコスチ名義でしなかったのですか?」
「それはわからない。できなかった理由があるのだろう。だが、そのおかげで共和国との溝を深めずに済んだ」
「でもなぜ厄介者になりそうな亡命政府をわざわざ作るように仕向けたんですか?」
疑問ばかりだ。彼に質問ばかり投げかける俺は、自分でもうっとおしく感じてしまう。
ルカスは驚いたように両眉を上げた。そして、「なんだ!? そこまでわかってわからないのか!」と声を荒げた。だが、オホンと喉を鳴らした。
「軍を動かす理由、と言えばわかるか? 今、ユニオンと連盟政府はどういう間柄だ?」
「まさか、ユニオンを武力で併合するための理由作りですか?」
「その通りだ! すぐ答えられるなら、実は薄々わかっていたのではないか? 北の領主は反抗的だったのは知っているだろう。中央がそれを動かすにはどうすればいいか、それが最適だ。
しかし、尻の重い北部まで動いて全軍で来るとはな! 我々もいよいよ強国とみなされたわけだ! ふははは!」
「亡命政府を支援するふりをして叩き、ついでにユニオンも占領する、ですか」
しかし、ルカスは俺の言葉に顔を曇らせた。何か間違ったことを言ったのだろうか。