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紅袂の剣騎士団 第二十話

 そして一夜明けた。


「大至急、ということで来ましたが、どういったご用件でしょうか?」


 翌朝、俺は結局頭を冷やす間もなくルカスに呼び出された。


 使用人に案内されてルカスのオフィスに入るや否や、ルカスは使用人に右手の人差し指と中指を立ててわずかに振り合図をした。すると使用人は頭を下げドアの方へと向って行った。どうやら使用人に出て行くように指示したようだ。


「イズミ君、どうやらミイラ職人は共和国ではなさそうだ」


 手招きをされたので机の向かいまで来ると、彼は首を動かしドアが閉まったことを確認した。そして、「まだこれは私と一部の諜報部しか知らない話だが」と小さな声で話を始めた。


「先ほどキューディラで暗号化された通信が来た。ストスリア駐留空挺師団の偵察報告では、北部辺境領を除く各自治領の軍のほとんどがサント・プラントン郊外に夜間のうちに揃っていたそうだ。

 不審に思ったので、東の空が白み始めるころから偵察飛行の回数を増やし数時間おきに監視した結果、マルタンへの街道を移動中だそうだ。現在も追わせている。後でストスリアまでその写真のガラス乾板を取りにひとっ走り行ってくれ。

 まぁそれは後でいい。そして、ひと月ほど前からストスリアの市民の間で“連盟政府は各自治領から軍を集結させサント・プラントン郊外での大規模演習をする”と言う噂が流れているのは知っているな?」


「前にも言ってましたね。以前はストスリアにも近い国境間際で軍事演習と言っていましたが。でも、それがどうかしたのですか?」


 ルカスは目を閉じて瞼をぐっと押した。


「軍の大部隊が一か所に集まるというのは非常に困難な話なのだ。連絡こそキューディラですぐだが、移動をしなければいけない。一人、二人ではなく何百、何千の人間とさらに武器と食料も必要だ。

 移動魔法を使えばそれも一瞬だが、それは使えればの話だ。現時点で移動魔法を使えるのは、君のような少数の特殊な者を除けばマジックアイテムを持つ者だけだ。


 だが、現状で移動魔法の込められたマジックアイテムほとんどが商会と金融協会の手の中にある。知っての通り、移動魔法はたかだかポータルを開いて閉じるだけだ。

 しかし、商会にしろ協会にしろ、昨夜の君のように娘を送るためだけに気前よく使ってくれるわけでもない。

 なぜなら、輸送というのは“ビジネス”だからだ。羽ペン一つと山のような黄金を運ぶのは、手間は同じでもそのものの価値が違う。どちらも安易に同じ値段でやればいろいろと価値観が崩壊する。

 つまり、羽ペンを一つ、ここからサント・プラントンへ運ぶ費用と、黄金の場合の費用を同じにしてはいけない、ということだ。それを軍隊で置き換えるといくらになるか。

 商会はその吹っ掛けている理由を『戦争利用だから』という言葉で誤魔化している。その規模を運ぶとなるととんでもなく金をとられるわけだ。

 まぁ安全性と迅速さを買うと言えばそうなのだが、あまりにもコストがかかり過ぎる。だからぞろぞろ足を使って行軍していくしかないのだ。それは商会に頼むよりもはるかに安いが、決して安価ではない。

 それにとても時間もかかる。広い連盟政府ならなおさらだ。それ故にか、これまで少なくともこの40年の間に大規模実践演習など行われたことは一度もない。

 ただでさえ金のかかる和平交渉の最中に、わざわざ余計に金をかけて演習などするはずもないと思わないか?」


「意味は分かります。和平交渉に際してのお金の話はこの間も……あ、いえ」


 おっと、危ない。口をつぐんだ。


 この間、カミュが金融協会の代表として共和国へ入り、連盟政府と共和国の貨幣価値の位置づけを話し合っていたことを思わず言いそうになってしまった。それは一応、連盟政府と共和国での話し合いだ。あまり関係のないユニオンには言わないほうがいいだろう。それに最終的に物別れに終わった話だ。

 言わなくても差し支えなかろう。それよりも、だ。


「しかし、それがウリヤを亡命政府の代表に持ち上げたことにどうのように繋がるんですか?」


 ルカスは俺の言葉に意外なものを感じたのか、首を伸ばした。そして、「なんだ。気づいていないのか。私にクロエとやらの話をしたときには気づいているのかと思ったが」と驚いたように目を見開いた。


「マルタンに向けて出兵したのは問題ではあるが、そこではないのだ。君はその規模の軍隊が首都郊外に集まるにはどれだけ時間がかかると思う?」


「遠いところもあるから、早くて十日ぐらいですか?」


「だいたいそうだな。特に不便な北部辺境を除けばだいたいそれくらいで正しい。では、チェルベニク騎士団が犯行声明を出し、マルタンを占拠し亡命政府を認めろと要求してきたのはいつだ?」


「五日前?」


「そう、驚くべき速さでマルタンを占拠し、犯行声明と同時に亡命政府容認の要求をしてきた。だが、各自治領の軍隊はそれよりもさらに五日も前に集合場所である首都郊外へ向けて移動を開始していたのだ」


 俺は息を飲み込んだ。まさかとはこういうことだ。


「亡命政府できることを見越して準備をしていた……?」

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