紅袂の剣騎士団 第十九話
それを聞いたルカスはふっふと鼻で笑った。
「相変わらず面白いことを言う奴だ。確かに、そうだな。今や私はユニオンの最高権力者となった。これは予想もしない天からの、いや、神などいないとなれば、自らの星の巡り合わせだ。ナイア・モモナ然り、星を目印にしてきた我が一族の末裔ならそうだろう。
ところで、君は先の共和国との交渉の際、なぜあんなに時間がかかったのか疑問に思わなかったか? 私はいたずらに時間をかけただけの先のふざけた交渉に何も口出ししなかった。
今さらだが、エスパシオがごね、カリストがごね、頂点二人の見苦しさこの上なかったのだ」
なるほど、復帰させたくないという気持ちは皆無ではないと言うことか。俺まで睨み返すようになってしまった。
ルカスは首を動かして改めて視線を俺に合わせると、突然驚いたように首を伸ばして眉を上げた。
「ああ、断じて言うが、いくら私がかつての帝政ルーアのころからつながりがあったとしても、帝政思想ではないし、自分が上に立つためにエスパシオ、カリストの暗殺を企てたなどと言うことはない。“家族のために、家族に誓って”。だが、今回の件が私にとって好機であることに違いは無かった」
嘘ならば彼は笑うはずだ。しかし、否定する彼の眼差しは真剣なものである。
「カリストは重症で命も危うくないかと言えばそうでもない。だが、低く安定している。治癒魔法も最高レベルの物を提供しているので、まず死ぬことはない。直に回復するだろう。
回復魔法を施行するというのなら立ち治り証言してもらってからにしてもらおう。後遺症さえも取り除いてほしいものだ」
ルカスは結局、否定しなかった。彼は彼自身の言う通り、偶然を利用しているだけに過ぎないのだ。
エスパシオは亡命政府に殺された。カリストは重傷を負わされたものの生還、命に別状はない。ルカスは何も悪いことはしていないのだ。
それどこか、彼も被害者である。どこまで考えているのだろうか、この男は。それとも、悪運で引き寄せた偶然の使い方が上手なだけなのだろうか。
思うところは山ほどあるが、責められるところは一つもない。崩されようとしているこの国をまとめようとしているのだ。ここで俺がルカスと諍いを起こすわけにはいかない。内部分裂こそ大きな隙だ。
「ルカスさん、俺は一旦カルデロン別宅に戻ります。少し頭を冷やさなければなりません。死を利用してのし上がったが、事態を好転させようとしている何も間違っていないあなたを恨まずにはいられない自分が不愉快なので」
俺はできるだけ目を合わさず、その場から立ち去ろうとした。ルカスに背を向けると、「そうか。かまわん。ローサにフルーツと白ワインでも持って行かせよう。198年ものだ。201年物には劣るがなかなかのできだ。良く冷やして飲み、頭もそれで冷やすといい」と後ろから声が聞こえた。
それから、別宅に戻ってもブエナフエンテ家の面々はなかなか頭を冷やさせてはくれなかった。
ローサは俺のことをあまりよく思ってはいないらしい。フルーツとワインを届けに来たが、「あんたなんかとお酒飲みたくないわ!」と籠を押し付けてへそを曲げた。
そのまますぐに帰るのかと思ったので見送ろうとしたが、玄関でもじもじとしてなかなか帰ろうとしなかったのだ。
あまり早く帰るとルカスに何か言われるのだろう。フルーツだけでも食べていくように促して夕食時までいさせて、移動魔法でブエナフエンテ邸まで送り帰した。権力者の娘も大変である。
彼女は魔法使いで、エノレアでの成績も実技は断トツらしい(筆記はお察し)。共和国に行けば高い地位につけるだろう。今度会った時に勧めてみよう。
それから夜になっても頭は冷えた感じはしなかった。まるで首筋がカッカしているような。ルカスへの行き場のない怒りではない何かも背筋を這いずり回るのだ。