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紅袂の剣騎士団 第十七話

「イズミ君、こうして二人だけで会うのは久しぶりだな。うちへ招待したときのベランダ以来か。それにしても、以前私をコテンパンにしてくれたな」


「謝りはしませんよ」


「何はともあれ歓迎する。しかし、二人でだけという指定をしたのは何か目的があるのかね?」


「目的、いえお伝えしておくべきことがあるので。それを聞いてどうするか。もちろん俺の処遇についてもあなたにお任せします」


 ルカスはデスクの上に両肘をつき、口の前で手を合わせた。


「君であるからこそ、こうして話し合いの場を設けた。だが、ユニオンの代表としての職務と行方不明の調査団の捜査、先のテロ事件の捜査と対応で忙しくなった今、客を歓迎する余裕がない。くだらん内容なら私も容赦しないぞ。無理やりにでも部下になってもらうからな、ふはは!」


 くまのできた顔でも相変わらず豪快な笑い方をするルカスは忙しさ故に確かに疲労の色がにじみ出てはいるが、まだどこかに余裕があるように見える。

 冗談を言ったかように笑い声をあげているが、目じりは下がることなく笑っていない。部下どころか、あの元中二病の娘と婚約させられそうだ。だが、俺も冗談に付き合っている暇もない。


「言った通り、それもルカスさん次第です」と表情を変えずに答えた。


「ほう、話したまえ」と笑っていた首を後ろに下げた。



 スラムでのクロエとの密談に応じた翌日の朝、俺はブエナフエンテ家のルカスのオフィスを訪ねていた。

 残暑の日差しが差し込む部屋の中は対応に追われる連日の業務により書類が散乱し、足の踏み場もなくなっている。整理する間もなく増えていくそれらはもはやその状態でまとまっているような物なのだろう。タイミングよく秘書たちは休憩に入っており、部屋にはルカスと俺の二人きりになった。


 俺が彼のもとを訪れたのは、他でもないクロエと密談の内容をすべて伝えるためだ。

 ルカスの過去の行いは責任逃れをした悪役のそれだが、そのやり方は無視できなかった。姑息であれこそ、ともすればそれは優秀なのである。それにいまやユニオンの中で唯一動ける頭目となったのだ。


「まず、君が連盟政府の暗部であるナントカビフレストと繋がりがあることに対して色々と聞かなければいけないこともある。だが、今それは不問に処そう。それにしても、現行存在するすべての国と繋がりのある、これほどあけっぴろげなスパイも珍しいな。ふはは」


 話が終わるとルカスは口元を擦り、俺を見ながら笑った。


「さて、話を戻すぞ。君がそのイリスナンタラカンタラの女から聞いた話では、共和国が送ってきた調査団が実は帝政思想者(ルアニスト)であり、そしてさらに彼らがテロを起こしたと言いたいわけか。それに君はどう感じたか?」


 笑うのをやめると、椅子の背もたれに寄りかかった。


聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)です。彼女の話ぶりでは、あくまでそう言う方向へ向かわせようという意図を感じました」


「その言い方だと、他意があるように受け取れるのだが?」肘をつき俺をまっすぐに見つめている。


「ええ、共和国長官たち全員を知る俺からしたらそれはどうも溜飲が下がらないのです」


「ほう、なるほど。確かに君は共和国の長官たちと繋がりがある。君は共和国よりだから、彼らを庇うのは尤もだ。

 先の会談で顔を合わせたのは会談の前後とその最中程度だったが、私も信用に値するエルフたちだと感じたのは事実だ。相手方を知っている五家族はまだしも、情報のみでしか知らないユニオン民議会は怒りだすだろうな。今すぐにでも交渉内容を破棄せよと提案してくるだろう。

 二人で話したいと言ったのはこういうことか。てっきりまた何かの悪事を責められるのかと思ったぞ」


「……また何かしてるんですか?」と尋ねると「言えることの方が少ないな」と目尻と口角に皺を寄せ集めて豪快に笑い返してきた。とりあえず、今は追求しないでおこう。


「どうするおつもりですか? それをそのまま信じて、会談で決定した内容を破棄して戦火を拡大しますか?」


 思わず戦争を煽るような言い方をしてしまった。だが、ルカスは右眉を弄りながら腕を組んで考え込むように黙った。思ったよりも冷静な反応だ。


 いや、思った通りの反応なのかもしれない。


 彼が冷静な反応をすることは意外ではなく、俺はもしかしたらそうなることを予測していたのかもしれない。ルカスが顔を真っ赤にして戦争だ! 破棄だ! と喚き散らすタイプではないと知っていたからこそ報告にためらいがなかったのだ。


「それもなかなか。科学の国である共和国から技術供与を求められるような我らユニオンの技術力を誇示するにはちょうどいいな。

 だが、現在マルタンに居座り始めた帝政ルーア亡命政府のせいでかつての友学連と陸路では分断されている。海路空路は何の問題もないのだが、些か不便だ。

 それに、かつて別の国家だったが、今や我々アルバトロス・オセアノユニオンの領土だ。秩序と安寧を求めて従属国になった彼らを無視して共和国と戦争することはできない。それにあそこには駐留軍もいるが大規模ではない」


 椅子から立ち上がると、腰を抑えた。そして少ない足の踏み場を探るようにして大股で歩き回りだした。


「私は、約束は守るべきものだと思っている。共和国とこの間結ばれた条約は履行されるべきとな」


「エスパシオがかなり強硬姿勢を取っていた時に物を申さなかったとは思えないですね」


 ルカスは額をこすりため息をした。


「君も知っている通り、信天翁(アルバトロス)五大(ファミーレ・)家族(デ・シンコ)には序列があるのだよ。実にくだらないと思うかもしれないが、それはまだ根強いのでな。だがそれのおかげでドラスティックな改革をすることができ、そして独立も果たしたわけだ。安易になくなるものではない。それに今私は頂上に立った。ふはは」


 相変わらずの野心家は窓の外を見上げると豪快に笑いだした。上に立つことしか考えていない、こんな男に手綱を任せたユニオンは大丈夫だろうか。少し不安になった。


 俺が恨めしそうに見つめていると、「脱線気味だな。話を戻そう」とルカスはその大きな口を閉じた。

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