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紅袂の剣騎士団 第十六話

「ウリヤよりもその存在がキーになるような言い方だな」


「ウリヤがただのエルフの子どもだと思っているあなたにとってはそうではないのですか? その協力者が誰なのか、そして、どこに所属しているのかが大事になると思いますが?」


「確かにな。それ次第で状況は傾く。だが、現時点で一番疑わしい、あんたたち聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)以外にあるのか?」


 クロエは再び手で口元を隠すように押さえると、ふふふと小さな笑い声をあげた。


「一諜報部員に過ぎない私たちをまるで偉大な存在のように思っていただけて光栄です。しかし、繰り返しになりますが、連盟政府は直接関わっておりません。連盟政府直属の諜報部門である私たちも然り」


「否定するのは勝手だ。だが、あんたがわざわざ危険を冒してまで否定だけしに来るわけがない。誰かほかに心当たりがあるんだろ? 言ってみろ」


 押さえていた掌を離し真っすぐに見つめてきた。そして、


「あら、まだお気づきになりませんか? ユニオンの中に帝政思想(ルアニサム)に近い人物がすでにいるではありませんか。共和国の最新事情に詳しくて、ごく自然な形でユニオンに入れた。いえ、共和国が送り出し、ユニオンが招き入れた、人間以外が」


 と小首をかしげてこちらを見ている。


 俺は少しだけ考えるように黙った。


 現時点での変貌した帝政思想(ルアニサム)を知っていて、なおかつウリヤの存在も知っているエルフ。となるとこの一、二年内にこちらへやってきた制約付きだが自由に動けるエルフと言えば、


「……調査団か」


 それ以外には考えられない。

 そして、確かにありうる。思想の残渣を捜査するうちに自身が思想に染まるなどよくあるパターンだ。ミイラ取りがミイラになったわけだ。それにモンタン、クロエの存在や諜報合戦を繰り広げている連盟政府と共和国なら十分考えられる。


 だが、調査団は四省長官が選出した二人だ。マゼルソンは思考が読めないが、そのような浅はかな、俺でもわかる程度のことなどしない。

 四省長官たちの式典への欠席は、かなり早い段階、調査団の一人が殺害、死亡した直後に表明されていた。

 テロを起こすつもりならあからさまな欠席を表明はせず、ドタキャンのようにするか、もしくは遅れて現場に現れるようにするはず。

 そして、共和国とのつながりをアピールする狙いがあるなら調査団の名前を犯行声明に使うはずだ。しかし、チェルベニク騎士団の犯行声明にヴァジスラフ・タンコスチの名義はなかった。

 その程度の少ない情報と、あいつはああだという先入観と、違和感に包まれた状態で調査団をウリヤの協力者だとするのは、ただの思い込みの早合点でしかない。


「あんたの言い方だと、連盟と和平交渉中の共和国が、一方的な独立をしたユニオンのせいで交渉が妨害されたと密かに腹を立て、その独立の歩みをくじくために意図的に帝政思想者(ルアニスト)を送り込んでテロを起こさせた、共和国長官たちはテロがあると事前に知っていたので代表団は欠席したということか?」


 俺がそう言うとクロエは肯定の意味合いを含めたようなにっこり笑顔になった。


「だが、悪いが俺は共和国側の長官たち全員と面識がある。帝政思想(ルアニサム)の代表格であるメレデントを暗殺するような連中だ。かなりの無理がある」


 それに共和国は連盟政府と和平交渉中とはいえ、人間の肩を持つほど人間を信用していない。

 共和国が人間に熱い眼差しを送っているとしたら、それは人間そのものではなくエネルギー源たる魔石だろう。その点を考慮すれば、なおのこと連盟政府よりも気前よく魔石を売ってくれるユニオンと仲違いする理由がない。


「あら、エルフの長官たちはあなたの信頼が厚いこと」


「俺は人を見る目が無くてね。だから信じたい者は信じる質なんだよ」と睨み返し、続けてあることを尋ねた。


「それとも何か? あんたは送りこまれたエルフが帝政思想者(ルアニスト)だと予め知っていたのか?」


 少し探るようにそう尋ねると、クロエは動揺するような動き一つ見せないが眉間をわずかに動かしたような気がした。


「私がそれを知るわけがないですよ。私たちに利用できなければ敵国の思想などどれも一緒。くだらない教義などに傾ける耳はありませんからね。私たちはエルフほど気も耳も長くないので」と言うとクロエはフードを深く被った。


「とにかく、私がユニオンの英雄たるあなたに伝えたいのは“テロに連盟政府は直接かかわっていない”ということだけです」


 そして背を向けるとスラムの闇に向かって歩き出した。


 敵国と言い切った以上、共和国が連盟政府側の意向に合わせたと言うのは無理がある。敵の敵は味方とでもいいたいのか。

 否、敵の敵とは利害が一致してそう見えているだけで、少なくとも味方ではないのだ。


 汚れた小川の水を蹴る音が止まると、後ろ姿のフードの頭が揺れ動いた。


「ああ、そうそう。あなたのお友達の剣士が私たちの上司になりましたよ? もともと騎士ですらないのに短期間で伯爵の地位につけたのはいったい何をしたのやら。何やら精神論ばかりで現実的でなく、夢見がち。頼りない限りですが、上司なので逆らえません。そんな彼があなたによろしくとのことです。別の任務もあるので、それでは、またいずれ。大英雄イズミ様」


 シバサキか。知ったこっちゃない。


「そうか。おとといきやがれ」



 利害の一致か。


 ふと、島津渚を思い出した。俺もあのころとはもう違うのだろう。そしてシバサキもまた。

 重心を動かさずに闇に消えて行く背中を目で追いながらそう思った。その姿は闇に溶けるとすぐ見えなくなり、生命の示す僅かな痕跡さえも消した。

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