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紅袂の剣騎士団 第十二話

 チェルベニク騎士団による犯行声明が出て三日後、まだ夏のはずだが雨が降るとだいぶ冷え込む。


 昨夜から降り始めた雨は夜が明けてもしとしとと降り続いている。事件以降、誰もが警戒し以前からは考えられないほど街は静まり返り、その雨音を余すことなく響き渡らせていた。

 ダイニングの窓から臨む工業化が進む白い街並みとオレンジの屋根の先は低い雨雲と雨で、遠くの森まで灰色だ。


 そんな天気の悪い中、カルデロン別宅に来客があった。使用人に呼び出されて玄関に向かうと、ヤシマが俺を訪ねてきていたのだ。


 曇りで陽光が刺さない吹き抜けエントランスは照明が点いている。階段を下りながらエントランスの中心の方を見ると、こちらに気が付いたヤシマが呑気な声で挨拶をしながら手を振っていた。


「おーす、なんか大変なことになったなぁ。詳しくは知らんけど、なんか事件起きたっぽいな」


 ダイニングでコーヒーでも出してもらおうかと思ったが、エントランスのドア近くから動く様子がないので、俺は仕方なくそこまで移動した。きっと簡単な用事なのだろう。


「他人事かよ。俺はその大変な渦のど真ん中にいるよ。お前こそ取引相手のヘマさんいなくなって安心してられないんじゃないか?」


「まぁなぁ、実はおれも昨日も事情聴取されたんだよ。嗜好品の買い付けだけだって言ったら何とかなったぜ。行動も監視されてたからおれは行動履歴報告に嘘はないって信じてもらえたし。あ、お前さんの名前もちょこっと使わせてもらったぜ」と言って親指を立てたかと思うと足元を見て、よいしょっと急に前かがみになった。


 そのとき履いていたスニーカーの紐を結ぶふりをして俺のブーツのストラップの間に何かをぐっと押し込んだ。


 そして立ち上がり、手をパンパンとはたいた。突然足元を触られることに違和感はあったが、その行動は直視してはいけない物だとすぐにわかり、動きそうになった首をこらえた。


「さて、おれは疑いも晴れたし、もうあっちに戻るぜ。しばらく来られなさそうだから、山ほど買い込んだタバコとコーヒーもさっき送ったとこだ。これからは何かと物騒な世の中だから、今度こそ田舎に引っ込んで彼女と細々やっていこうと思う」


 ちらりとブーツに視線だけを落とすと、何やら白い小さな紙が挟まっている。何の用事だ、と聞かなくてもわかったが、自然体を装うために俺はあえて尋ねた。


「そうだな。田舎にすっこんで社会貢献でもしてろ。で、今日はなんだ? さよならの挨拶か?」


 俺の視線に気が付いたのか、ヤシマは視線を左右に泳がせてわずかに周囲の気配を窺うと、「クロエが長いこといない。それを残して。おれが移動魔法で事件前に帰したって誤魔化した」とブーツを一瞥して「お前宛だ。中身は知らない」と囁いた。


 そしてすぐさま笑顔になると、「そうだよ。もう連盟政府に帰ることになったから、お前にあいさつに来たんだよ」と肩を軽くポンポン叩いてきた。


「わざわざすまないな。飯でも……、っつー訳にもいかないしな」と方眉を上げて笑い返すと、「事情も何も今度こそ本当に気を付けろよ? ホントに死んじまう。それに、お前なんか最近お疲れの様子だしなぁ」とヤシマは心配するような顔になった。


「大丈夫だ。何とかなってきたから何とかなるだろ」


 俺の返事にヤシマの表情は崩れて、ふふっと笑った。


「まっ、そうだな。悪運強いしな。またなんかあれば連絡してくれ。危なくなけりゃあ手ェ貸すよ」と言うと背中を向けて右手を上げて、あばよ、と玄関を出て行った。



 ドアが閉まると同時にすぐさま自室にこもることにした。


 使用人たちがコーヒーを淹れますかと聞いてきたが、少しやることがあるので部屋には入らないでくれと伝えて自室に戻った。ドアを締め切り鍵をかけると、早速ブーツストラップに挟まった何かを取り上げるためにしゃがんだ。

 しかし、先ほどのヤシマとのやりとりを見られていたのではないだろうかと気になり、場所を変えることにした。


 移動魔法でポータルを開いた先はカルデロン本宅の与えられていた自分のスペースだ。カルデロン本宅は事件以降、維持管理をしているわずかな使用人を残して人がいなくなった。ここなら妨害されることはないだろう。


 ポータルの先を様子を窺うように確認すると、案の定屋敷は静まり返り、強まる雨脚が窓に打ち付ける音が窓から離れているにもかかわらずよく聞こえた。

 椅子に腰かけて一息ついてから、ブーツに押し込まれたものを手に取った。それは小さく折りたたまれた紙の様で、しわくちゃになったそれを開くと文字が書いてある。


“虹の橋 夜スラム 人払い済み”


 椅子の背もたれに頭を載せて顔を上げると、思わず、ふー、とため息がでてしまった。


 ヤシマと買い付けに来ていたクロエという、黒髪眼鏡の女がこの手紙を残していなくなる。その女は自らが聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)と名乗り、俺を深夜のスラムに呼び出している。それも事件発生から日も浅い今と言う時期にだ。


 やはりという感じか。クロティルド・ヌヌーのようだ。

 彼女が、それのとどまらず聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)がテロに対して何らかのことを伝えようとしていると言うことか。もう驚くこともない。

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