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紅袂の剣騎士団 第十一話

「設計図に挟まれて実に興味深い書類もあってねェ。訂正印みたいなのがでかでかと押された紙が混じってたァ。

 翻訳したら共和国の民籍表(ライテレジスタ)みたいなもんで、出生に関するありとあらゆることが記入されていたァ。出身地、戸籍登録地、両親、旧貴族か否か。名前にはご存じウリヤ・メレデント。

 そして驚いたことに、父親の欄にはアラード・メレデントの名前が書かれていたァ。母親の欄には息子の嫁の名前があったァ。つまり息子の嫁を孕ませたようだ。ウリヤのあのシャープな眉……。見れば見るほどアラード・メレデントじゃァないか。

 裏にはメモがあってなァ、生み育てる代わりにウリヤの出生の秘密を消してほしいと息子の嫁が懇願したそうだ。彼の政省長官……いやまだ、そのころは帝政かァ。なら民書官とかいう偉大な立場と権力を使えば訂正など容易いィ。

 それでも捨てずにこうして保存しておいたのは、種をばらまいたことを往生際悪く無かったことにできない哀れな男の性だろうゥ。

 だが、残しておいてよかったようだな。こんなもんを持ち歩いてたのは、おそらく亡命先での立場を明らかにするために持ち込もうとしたのだろうゥ。

 亡命に際してェ孫ではなく父娘の関係にしてしまえば家族単位としてウリヤも認められやすくなるからなァ。家族を大事にする五家族の慣習を利用するためだろうゥ。そのために新しく作ったとも考えられるが、紙質もこの二、三年の物ではなく新しくないィ。十年くらい前の物だった。ウリヤと同い年だァ。ククック」


「貴様、なぜ黙っていた!? わかっていればより先手を打てたかもしれないというのに!」


 ルカスは嗤うバスコの襟をつかみ上げたが、手負い故に手加減しているようだ。襟だけを持ち上げて凄んでいる。


「ぬかせェ。孫が娘になったくらいで何に利用できるんだァ? 設計図以外に興味はない。それにその書類を調べたのは昨日だァ。だァからこうして早めに復帰をしたんじゃァないか」


 バスコはだらり首を傾けて焦点を遠くへ逸らしている。


「貴様は相変わらず滅茶苦茶な奴だな! それを今現在誰が知っている!?」


「アラード・メレデント、ウリヤの母親……ああ、知っていてなおかつ運良く生きているのはここにいるのは三人だけ。ヘマもそこまでは勘づいていないようだァ。

 メモによればァ息子もウリヤ本人も気づいていないぃ。気づかずに死ねた息子は幸せだなァ。形見を託すほどの愛娘が実は腹違いの妹だったとはァ。

 だが、それがもし息子にバレれていれば親子で殺し合いかァ。下手をすれば共和国などなかったかもしれないィ。それはそれで見ものだァ。フッ、クッククク」


「誰にも口外するな! いいな!? いっそ忘れてしまえ。現状それについてとやかく言うのは時間の無駄だ。イズミ君、ティルナの様子はどうだ?」


 そのままの勢いを残したまま突然尋ねられた俺は、「カルデロン・デ・コメルティオの業務に差支えはないようです」と慌てて飛び上がりながら答えた。


「流通網に若干の遅れがあったようですが、少し手伝ってくれと言われて移動魔法でカバーしたので問題はないと思います。ですが」


 どうしても言わなければいけないのは、やはりエスパシオの死によるティルナへの影響だ。


「なんだ? 言ってみろ」


 俺は息をのみ少し間をあけ、「やはり兄であるエスパシオ大頭目を亡くされたショックは大きいようで、表情は硬く、口数もかなり減りました。前の自信なさげではあるけれど元気な様子が一切ありません」と答えた。それにルカスは、ふむ、と鼻を鳴らしながら顎を弄っている。


「そうか。可哀そうにな。ティルナはエスパシオと育ってきた。兄妹仲も非常に良かった」


「ティルナが兄さん、兄さん、と呼んで慕っているのは知っていましたが、意外ですね。あのエスパシオが」


 ルカスは先ほどの怒りを忘れ落ち着きを取り戻したのか、腕を組んで遠くを見た。


「君は大頭目としてのエスパシオしか見ていないからな。普段はもっと気軽な人間だった。血は遠いが唯一の家族である妹のティルナには優しく、ティルナもユニオン領に戻れば真っ先に兄に会いに行くほどだ。

 これまで言わなかったが、君のことも裏では実はかなり評価していたぞ。私以上にユニオンに引き込もうとしていた。

 だからカルデロン別宅に住んでいることにも何も言わないし、連盟政府や共和国への往来についても何も言わなかったのだ。本宅にスペースを与えてこき使っていたのもそのままどさくさで役職に就けて国にとどまらせようとしていたのだ」


 エスパシオはおそらく私情を巻き込むような政治を回避するために、外部の人間である俺に対して過度に友好的ではなく高圧的で一線引いたような接し方をしていたのだろう。


「大頭目が俺をどう評価していたかのは知りませんでしたが、なんとなく、このままユニオンに取り込まれるのではないかと感じていましたね。少なくとも悪くは思われていないのだろうと、それはそれでいいかと気にしていませんでした。生前の彼は偉大でした」


 偉大なだけでなく、やや道楽の気も強く融通が利かなかったのも確かだが。


「ああ、そういうのは葬儀で述べたまえ」ルカスは受け流すようにそう言った。


「自分の能力が買われていたとわかったのなら、ますますこれからもユニオンにはいてもらわなければならない。最高勲章を授与されただけならいざ知らず、君は国家機密に多く触れてしまっているのだ。逃がしはせんよ」


 俺はどんな顔をしていたのだろうか。ルカスは俺を覗き込んで笑っている。だが、実際にユニオンは今危機的状況にある。できる限りはするつもりだ。

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