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紅袂の剣騎士団 第九話

 翌朝、ルカスと事件発生現場で待っていると蒸気を放つ音が聞こえた。


 近づいてきたそれが小さな蒸気機関の付いた車いすだった。吐き出す蒸気が穏やかに吹く風に流されている。


「遅れてすまないィ。まだあちこち痛いのでなァ」


 カタカタ揺れながら進む車椅子に腰かけたまま、痛々しく包帯がまかれた右手を上げている。バスコは事態を慮り、三日後の復帰予定繰り上げて翌日に車いすを押して現れたのだ。


 ルカス、バスコと俺は現場検証を行うためカルデロン本宅の庭に集合し、現場で作業する兵隊の指揮をとりながら、離れたところで話をしていた。


「手負いとはいえ心強い。来てくれただけで充分だ」


「大変な中、ありがとうございます。でもルカスさん、なんで俺まで呼ばれたんですか?」


「ごちゃごちゃ言わないで協力しろ。君は勲章持ちだ。国家の危機に瀕して協力するのは当然だ」


 まるで寝ずに対応をしていた男とは思えないような覇気で、目も合わさずに言われた。少し圧された俺は黙って従うほかない。


「早く済ませたいィ。早速だが始めさせてもらう」


 車いすについたレバーを動きの鈍い左手で倒すと俺とルカスの前に来て首を回し、空を見上げた。


「普段、風が無ければァ街からの音はここまで聞こえてくるゥ」とバスコは人差し指を口の前に立てた。


 その場にいた全員が黙ると、作業する兵士たちの声よりも遠くから車の音、話し声、物のこすれる音、街の雑踏がわずかに聞こえてくる。そして車いすの向きを変えて壇上があったほうを見た。


「だがァ、当日は海からの風が強く、飛行機は風下の陸から屋敷に向かって飛んできたので音に気付き辛かった。プロペラの回転音は非常に大きいィ。風の音が強くゥ、我々も演奏やスピーチなどで出す音を大きくしていたァ。故に聞き取りづらく、接近を許してしまったァ」


 バスコのため息の後、ルカスは腕を組んで顎に手を当てた。


「魔法攻撃は飛行機から見て壇上の左外側を狙っていた」


「当初は外に狙いを定めて犠牲者を出さないつもりだったのだろうゥ。理由はわからないィ。私はあの時、壇上の端にいて、魔法の軌道から当たるわけがないと思った。だが右に向かったァ。魔法こそ直撃は免れたが、崩れた機材で怪我をしたァ」と左腕と包帯のまかれた足を痛そうに動かした。


「なぜ右に、壇上の中心方向へズレたんですか?」と俺が尋ねると、バスコは両眉を上げて首を傾けた。


「風をコントロールしていた魔法使いたちがァ動揺して魔法を止めたのだァ。その結果、突如吹き荒れた予期しない強風の影響を受けてェ機体が傾き、照準がズレて右に流れた」


 しばらく黙ると、「ああ……、どうも右左で説明するのは難しいィ。絶対軸で話そう。海から陸へ、つまり北東方向へ向かって吹いていた風に煽られて、飛行機の進行方向が南東から南西へ流されたということだァ。

 攻撃の軌道が突然変わったが、操縦者はすぐに立て直せず、唱えてしまった魔法は飛行機の軌道に合わせて放たれた。

 結果、演台でスピーチ中のティルナへ向って行った。それを庇ってエスパシオは死亡。庇わなければ死んでいたのはティルナだったろうゥ。同じく軌道上にいたカリストは、両足、腰、左腕、左肩を撃たれ重度のやけどで重症。今、治癒魔法で集中治療中、と」


 死んだのは彼だけではない。その飛行機を操縦していた男も死んだのだ。


「そういえば飛行機を操縦していた人間についてはどうなんですか? 飛行機など簡単には操縦できないと思いますが?」


 俺が再び尋ねると、ルカスは組んでいた腕を腰に当てた。


「軍内部にナントカベニク騎士団の協力者がいるという懸念か?」


 それに俺が頷くと、ルカスは話をつづけた。


「操縦者はユニオン空軍の魔術計器整備士、名をフライヴァルトと言う男だった。理論上の操縦方法は心得ていて、うまくはないが操縦は可能だ。共和国への技術供与の際、調査団を含めた多くのエルフと直接会っている。文化に触れる機会は少なくなかった。

 空軍内部の捜査を徹底しているが、幸いなことにそれ以外の協力者は今のところ見つかっていない。マルタンに送った諜報部の報告では、エルフの国であるはずの帝政ルーアを主張しておきながら、確認できた範囲では構成員ほとんど人間で、それも独立後に連盟側からマルタンへ入国した記録のない連中。

 つまり、不正入国者たちだそうだ。ほんの一部の指揮系統を除けば後は寄せ集めだろう。困った輩だ。騎士の面汚しもいいところだな」とため息をした。


「ならばあえてエスパシオの死とその原因を公表してはどうですか? チェルベニメク騎士団はマルタンこそ高速占拠しましたが、やり方も今後の方針もどうも稚拙に感じます。

 亡命政府を樹立するならホスト国による政治的賛同と人道的保護が必要不可欠だと思います。ぽっと出の寄せ集め組織が思いがけずやってしまった偶発的な殺害への責任のなすりつけ合いで内部分裂を起こす可能性もあるかもしれません」


「それも一理ある。だが、我々の敵はチェル……ナントカ騎士団だけではない。連盟政府も共和国もそうなのだ。トップの急死など知ったら諸手を上げて崩しにかかってくるだろう」


「ならばせめて連盟政府中枢に知った顔のいるカリスト頭目を早期に復帰させるべきではないですか? 治療なら俺が行きますけど」

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