マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その3
ミセス・デラクルスはソファの肘掛けに肘を乗せ、呆れたように少し開いた唇を左手の人差し指でなぞっている。ペンは手の中でくるくると踊り、いつのまにかメモを取るのも止めてしまったようだ。壁際に座っているザ・ルーアの記者も、何度かあくびを堪えていたようであまりいい気分では無さそうだ。
俺は喉が渇いたのでアイスコーヒーを飲もうと手を伸ばした。そのタイミングを見計らっていたのか彼女は身体を起こし、鼻と口からスッと息を吸い込むと「……本格的な戦争が始まるだいぶ前のお話ですね」と割り込んできた。
「にわかに信じられないって、顔に出てますよ」
それから、卑屈な生き方をしていたな、と言いたげでもある。
デラクルスの真似をするように少し嫌み交じりに人差し指で下唇をとんとんと叩くと、彼女ははっと首を上げ、
「いえ、まぁ、その、転生だとか神話の女神だとかを当たり前のように話されても……。確かにこの世界には似つかわしくない異分子のような方が少なくないのは事実ですが」
と姿勢を直した。手を膝の上に上品に置き、取り繕うとしている。
「でしょうね。もう色々と消えてしまいましたし、はっきりと覚えているのはぼくだけですからね」
「あの、まだ続くのですか? あまりお話が進まないような気が……」
かけ離れた内容が続くことに焦りと不安があるのだろう。こいつは作り話でもしているのではないかと疑っているようだ。
「戦争の核心に迫っていく話が聞きたいとおっしゃいますか、ミセス・デラクルス? まだまだ続きますよ。あなた方が五年前から話せと催促したのですから。それに、先の戦争中に誰が何をしたか、思い出してください」
デラクルスは渋い顔になった。
「……連盟政府統括官ですか。確かにそうですね」
しかし、すぐさま表情を直し、「ですが、一つよろしいですか?」と尋ねてきた。
「統括官とあなたの関係については、ある程度前情報がありました。それに戦争中に統括官が何をしたかはあまりに有名ですので、イズミさんのこれまで話を聞いてもあまり驚きはありません。しかし、アニエス氏との面識が出来たのもそのときなのですか。となると、やはり右手が鉄の男はあなたではないのですか?」
食い下がるデラクルスに右手を差し出し、見せつけるように指を動かし、自分はアイゼン・レヒトではないと言わずに否定した。おそらく彼女はもう尋ねてこないだろう。話の中の時間では、彼の腕はまだ鉄製では無い。焦らなくても彼は話に出てくる。逸るデラクルスには申し訳ないが、まだお待ちいただこう。
ふと、俺はアニエスとの日々を思い出した。当時は彼女にだいぶひどいことをしていたものだ。
「思い起こせば、彼女と会ったのはこの何年か前なのですね。もうずっと昔から知り合っているような、そんな気持ちでしたよ。その当時はアニーが……、あ、失礼。アニエス・モギレフスキー氏があのようなことになるとは思いませんでしたね」
「ええ、それには私たちも驚かされましたね」
「世間というのは不思議なものですね」
あまり当時のアニエスとの話はしたくないので、それとなく終わらせてしまおうと、ははは、と愛想笑いをした。しかし、デラクルスの反応は思ったよりも返ってこず、どうやらアニエスとのその後について具体的に聞きたいようだ。話が途切れそうになり視線が泳いでしまったので、手元にあったアイスコーヒーを再び口に含んで誤魔化した。
話したくないと言う気持ちを察してくれたのか、デラクルスは、
「でも、友学連評議会役員補佐のあの錬金術師のお二人の方が先に知り合っているものかと思っていましたよ。数日前、彼らにもインタビューした際に、あなたのことを旧知の大親友だとおっしゃっていたので」
とソファの少し前に座り直し、話題を変えてくれた。
「ええ、彼らとは戦争前に過ごした時間が長かったので、まぁ、正直アニエス・モギレフスキーより長い付き合いがあるように感じてはしまいますね。ちょうど、これからお話しするところでしたよ。彼らとの出会いは偶然でしたね。もしぼくがあのとき雪山に放り出されなければ、きっと彼らと知り合うことは無かったでしょう。ですが、後から考えれば、もはや偶然ではなく必然だったのかもしれないと思うようになりましたね。なにせ、彼らに出会ったからぼくの世界は動き出したといっても過言ではありません。もちろん、ぼくにとっても大親友です」
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