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紅袂の剣騎士団 第六話

 だが、もう被害が拡大することはないだろうとわずかに張り詰めていた気が抜けてしまい、ついに痛みは神経を焼くような感覚になり、立っているのも辛くなってしまった。


 背後から駆け寄ってくる足音と話し声がする。どうやら警備兵が俺の後を追ってきたようだ。


 これまで何度も失神してきた。意識は朦朧としているがこれくらいではまだだ。あまり得意ではない治癒魔法に集中したが、やけどはだいぶ深いようだ。なかなかすぐには治らない。とにかく水分が蒸発しないように薄皮一枚だけ再生して氷雪系の魔法をかけて冷やし続けた。



 少しだけましになったので後から来た警備兵に場所を任せて、式典会場戻った。そこではまだ残骸は燃えていていた。張り詰めた鼓膜のせいで音が遠くなり事件直後の現場は静けさに満ち、その中を救出作業を行う警備兵や救助隊がどこかを指さしたり、口に手を当て叫んでいたり、緊急事態でありながらまるでどこか遠くのことのように聞こえる。


 強い風のおかげで組み木が燃える煙も巻上げられた土埃も流されていた。大きくえぐれた地面は放たれた魔法の威力の高さを物語り、さらにそれを追うとつながり弧を描く。穴の軌道の先には壊れた壇上と倒れた焦げた演台が横たわっている。

 杖から放たれた魔法にしては少し強すぎないだろうか。疑問を持ったが、広がる陰惨な光景に言葉も思考も失った。


 足から腰に掛けて撃たれたカリストはすでにどこかへ運ばれてその場におらず、ヘマとバスコは隅で治療を受けていた。白い服を着た治療班が治癒魔法を三人がかりほどでかけ続けている。二人とも大怪我をしているが意識はあるようだ。その横で、間一髪で避けられたルカスは大きな怪我は見当たらないが、包帯を巻いた頭を抱えて座り込んでいる。


 演台でスピーチをしていたティルナの姿見えない。彼女ももう運ばれたのだろうか、と辺りを見回した。


 いや、違う。しゃがんでいたので見えなかっただけで彼女は演台の影にいたのだ。声をかけるために近づこうとしたが、傍に行くにつれ足が動かなくなってしまった。


 その彼女の腕の中にはエスパシオがいるのだ。僅かに見える背中は炎熱魔法で無残に焼かれてしまったのか、赤くなり水膨れを作り、焦げて炭のようになってしまったものは服飾ではない。

 俺が落ちていく飛行機を追いかける直前はまだ生きていたのだろう。追いかけているうちにわずかに動いたのか、腕が腹部の上に覆いかぶさっている。永久の別れのあいさつはできたのだろうか。少なくとも俺にそれは分からない。ティルナはエスパシオを覆いかぶさるように抱え、下を向いたまま動かない。



 強い風の合間から雨が降り始めた。ぽつり、ぽつり、長卵形の葉のリコリスに降ると葉先を揺らし始める。一つまた一つ。揺れるそれが多くなるにつれ、気温は下がっていく。


 重い足取りで様子を窺うように近づくと、わずかに開いたエスパシオの眼球に光はなく、苦しみに涙を流したのだろうか。耳へと何かの流れた跡がある。


 エスパシオは死んだ。


 アルバトロス・オセアノユニオンの独立記念式典の日が、命日となったのだ。


 相次ぐ自治領の独立、熾烈な技術開発競争、相反するエルフと人間の接近。そして、独立国家の元首の死亡。

 うねり始めた潮流はいまや大きな流れになったのである。俺にはもう止められない。


 俺の魔法は何のためにあるんだ。このくらいのことは防げていたはずだ。


 早く気づかなかったから、俺に賢さが足りないから、毎度毎度誰かを犠牲にしてしまう。

 だが今度の犠牲はおそらくこの一人では済まされない。背中に吹き付ける突風がまるで上着を捲し立てるようにしている。


 戦争が起きる。

 淵を揺らしていた黄金の杯が地に落ち、その音ともに砲火と魔術が巻き上がり、空を陸を海を焼く。これまでの時代ではなかったような、陰惨な、そして硝煙の匂いが立ち込める戦争が起きる。


 これから渦巻く憎悪を肌で感じる様な、雨が奪っただけの体温なのか、肌がうすら寒さに包まれていく。


 降り出した雨はすぐに強まり、風もあり次第に横殴りになっていく。それでもティルナはエスパシオの亡骸を抱きしめている。


 涙は雨水にさらされ、そこにあったことかどうかもわからない。


 俺は彼女から丁寧にまだ人の熱ではない温かみの残る亡骸を受け取り、そして兵士たちが持ってきた白い担架に静かに載せた。


 最後まで何も言わなかったティルナは、戻ります、あとはよろしく頼みます、とだけ言うと顔を見せずにその場を後にした。

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