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紅袂の剣騎士団 第五話

 ポータルを抜けた先は壇上の真下。


 目の前で座っていた五家族たちは突然開いたポータルから現れた俺に驚いた表情になり、演台でスピーチをしているスーツ姿のティルナも一度止まって俺の方を見た。

 不審な飛行機の接近を伝えようと声を上げたが、それをかき消すような轟音が響いた。すぐさま背後へ振り向くと、瑠璃紺の機体が視界いっぱいに広がり、壇上を影の中に落とし込んだ。

 逃げろ、と叫んだがそれもおそらくかき消されてしまい届かなかった。


 それと同時に炎熱系の強烈な魔法が機銃掃射のように放たれた。赤い火の玉が地面に当たると砂ぼこりを巻上げ、草や木を焼く匂いと煙に包まれる。下にいた兵士が巻き込まれたのか、叫び声がいくつも聞こえた。


 立ち上る煙で遮られた視界の中で、せめて壇上から背を向けてポータルを抜けるべきだったと後悔した。

 だがそれも刹那に、俺は杖を握っていた右腕と肩を撃たれてしまった。すさまじい衝撃に手の力は抜けてしまい、杖を離してしまった。そして弾かれ宙を舞う途中、焼ける様な感覚が二の腕まで包み込み、針を刺すような痛みが腕と肩を駆け抜ける。


 突如吹き荒れた強風のせいで煙が晴れた。その隙間を埋めてしまうかのように見えた飛行機は、あおられて左の方へ流されていく。それでもなお魔法は放たれ続けている。


 このままの弾の軌道ではまずい。これでは五家族の方へ流れてしまう!風にあおられなければバスコ横の壇上の下をかすめるだけで済んだはずだ。


 痛みをこらえ受け身を取り、壇上の方へと振り向いた。だがすでに遅かった。


 強風に晴れ上がった視界の中で、放たれた魔法はカリストの足から手へと打ち抜き、そして演台のティルナへと今度は一直線に向って行く。


 そのままティルナに当たってしまえば彼女は無事では済まされない。

 防御魔法を唱えようとしたが、手の中に杖はない。一メートル、たったそれだけ先に俺の杖が転がっている。手を伸ばすが届かない。間に合わない。そのたったそれだけの距離のせいで間に合わない。


 ダメだ。彼女は撃たれてしまう。間に合わない。間に合わない。間に合わない。

 いくら頑丈な剣士だからと言ってもあの威力の魔法を全身に喰らってしまえばひとたまりもない。


 だが、ティルナが頭を抱えて屈んだその瞬間、エスパシオが飛び出しティルナに覆いかぶさったのだ。


 覆いかぶさったエスパシオの足から背中、そして後頭部へと何十発もの炎熱魔法が命中していく。服は焼かれ、苦悶の生きたまま焼かれる苦痛に顔をゆがめている。



 上空からの魔法攻撃が収まるとティルナに覆いかぶさっていたエスパシオがどさりと仰向けになった。


 そして、ティルナがぐったりとしたエスパシオを抱きかかえながら、兄さん、兄さんと呼びかけて必死で揺らしている。彼は重くなったやっとの動きでティルナの手を取ろうとしたが、力なくだらりと垂れさがってしまった。こちらから見てもひどいやけどをしているのが見える。急がなけ出れば命に係わるだろう。


 俺は幾万もの針を刺されるような痛みの走る肩と腕に力を込めて杖に駆け寄り、熱くなった右手には冷たいそれを持ち上げた。付け焼刃かもしれないが、すぐさま氷雪系の魔法をエスパシオに掛けながら、朦朧とした意識の中に誰かの声が聞こえた。


「イズミ君、飛行機を追え! ここはいい! 任せておけ! おい! 救護班、急げ! 警備兵三人、貴様らはイズミ君についていけ!」


 どうやらルカスが叫んでいるようだ。必死に指示を出す彼さえも額を手で押さえ、その下から滔々と血を流している。


 確かにこれ以上被害を拡大させてはいけない。飛び続ければまた誰かが撃たれてしまうかもしれない。


 見上げると強風に流れた煙の中に、ダッチロールしながら海側の森へと飛んでいく飛行機の姿があった。


 熱い、痛い。


 服についた火はもう消したが、右腕全体が包み込まれるように痛い。まるで針の付いた布で腕を全体をくるまれているようだ。だが追いかけなければ。おそらく火傷もひどいだろう。少しずつ治癒魔法をかけながら、そして、できる限り自分の腕を見ないようにして、足に強化魔法をかけて走り出した。


 しばらく追いかけていると、前方から眩しいほどの閃光と共に爆発音がして白い煙が上がり、音に驚いた鳥たりが一斉に飛び立っていくの見えた。

 どうやら飛行機は墜落してしまったようだ。あの強風の中を片手で操縦しながら飛んでいたのだ。そうなる結果は見えていたはずだ。しかし、ならばせめて乗っている操縦者を救出しなければ、事情を聞き出せなくなってしまう。

 強烈な喉の渇きを覚え始めて目の前が揺れ始めている。だが、たどり着かなければと必死に走り続けた。



 次第に木々の葉が禿げ始め、やがてちぎれたり焦げたりしている木の葉が目立ち始め、その軌跡を追うと木々がなぎ倒されているところにでた。飛行機はどこだと左右を見回すと、木にぶつかり爆発した機体が炎を上げていた。


 飛行機の残骸は辛うじて残った木に立てかけるようなり、焼けた金属は力を失いガランガランと地面に崩れ、可燃性の物か、残った動力か何かがときどき小さな爆発を起こし、辺りに部品をまき散らしている。


 げんなりと曲がったコックピットに近づくと、血と肉の焼ける不快な匂いが鼻を刺す。思わず鼻を詰まみながら中を覗くと、爆発の勢いで吹き飛んだガラス片が刺さり、レバーや計器類に顔を突っ込んでいる人間の操縦者がいた。杖やレバーが血に染まった背中から生えている。おそらく即死だ。

 実行犯を取り押さえることには失敗してしまったのだ。尾部銃座をちらりと確認したが、そこには人が乗っていた痕跡もない。操縦者はやはり単独のようだ。


「クソッ」


 機体を殴るとゴンと虚しく響き、尾翼がガランと倒れ崩れて煙と火の粉を巻上げた。


 墜落場所は海まであと数十メートルもない。森が、あと数本の木さえ飛び越えられれば海上に着水できたはずだ。そうであれば水上艇ではないにしろ、この操縦者も怪我で済んだはずだ。

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