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紅袂の剣騎士団 第四話

 知りもしなかった連盟政府の内部事情は興味深いものだった。


 とは言うものの、さすがに長すぎて使用人が淹れてくれたコーヒーはすっかりとぬるくなってしまった。真剣に聞いたところで連盟政府での選挙権のようなものを持たない俺に、まぁ政治はよくわからん、というところが本音である。


 硬い文章と長い真面目な話に耳が飽きてしまった俺は、キューディラジオも安定してきたので、気が付けば椅子を傾けてテーブルに足を載せ、風が吹き荒れている外を見ながら聞き流していた。



 ふとテーブルに目をやると、そこには式次第の傍に小さい紙が置かれている。気が付かずにその上に足を載せていたのでしわくちゃになっていた。さすがに行儀が悪いなと足を下ろし、その紙を手に取り広げて伸ばしてみるとそれは式典会場の座席表だった。


 壇上を正面に見て演台を中心に、左側の席はエスパシオ、カリスト、ルカス、ヘマ、バスコ。ヴィトー金融協会の代表者としてティルナがエスパシオの後ろに座っている。

 右側の席はマゼルソン、シローク、ユリナが座る……予定だったが、共和国長官たちは欠席なので右側は誰も座っていない。


 その式典に一般市民は参加させず、頭目たちと中枢の人間たちだけで行い、写真機による記録も今日は行わないようだ。キューディラジオ以外での公表をしないのは、おそらく“対外的な見栄”を気にしてだ。例の件の容疑者確保後に改めて四長官たちを招待して写真を撮り、それを公開することになるだろう。


 座席表を折りたたむと、テーブルの上に放った。だが、うまく届かず旋回して床の上に落ち、角がひん曲がってしまった。



 それからもしばらく続いた長い長いエスパシオの読み上げが終わると、調印が始まり、カリスト、ルカス、ヘマ、バスコと順番にしていった。


 そして、全員が署名を終えると祝砲だろうか、やたらと光る弾が天へと向け放たれた。窓から見える光の玉は魔法使いたちが強風をコントロールしているエリアを抜けるとあおられて陸地側へと流れていき、次第に点滅し始め風の中にちかちかと消えて行った。


 その様子を見ながらぼんやりしていると、突然音声魔石から大音量でブラスバンドの演奏が流れ始め、驚きのあまり思わず飛び上がって椅子ごと倒れてしまった。式次第を見ていなかったので、国家斉唱があることを把握していなかったのだ。感度が良いものを設置したから、必要以上に音を拾う。


 確認をするためにこちらでも聞こえるようにしていた音量を調節していると、バスバリトンの声が国歌を歌い始めていた。


“おお、偉大なる海路のアルバトロスよ。我らユニオン、海よりの危難の守護者。星に導かれし五つの志……”


 なかなか高揚させるいい曲だな、と思ってしばらく聞きほれていると、ノイズが聞こえ始めた。いい曲なのにタイミングが悪い。しぶしぶキューディラジオの調子を窺うが特におかしいところはない。


 しかし、次第に大きくなり始めそれはキューディラジオから流れているものではないことに気が付いた。どうやら窓の外から響いてきているようだ。


 収音している場所がここではなく静かにする必要はないので、少し苛つきながら窓を開けるとプロペラ音が陸地側から聞こえる。どうやら飛行機が飛んでいるようだ。陸地の方を見ると、やはり青い機体が小さく見えていた。その音はあまりいい音ではないがこれまで何度も聞いていたので普段は気にもしなかった。しかし、邪魔されると余計に耳につく。


 魔法使いたちが会場の一帯の風をコントロールしているから、この強風でも記念飛行はやはりするのだろうか、疑問に思いながら窓を閉じた。うるさいな、とぴっちりと窓を閉めると、音は気にならなくなった。



 そうこうしているうちに斉唱が終わり、式次第は次へと移っていった。金融協会の祝辞を述べるため、ティルナが立ち上がったようだ。ティルナ・カルデロンではなく、ヴィトー金融協会の代表者として演台でスピーチをするのだ。とはいえ、なんとなく身内の茶番劇のような気がして仕方がない。


 だが、彼女が演台に向かって歩いているとき、今度はキューディラジオからノイズが流れ始めた。今度ばかりはどうやらそちらから流れている様だ。本体に近づき装置を開けるが、接続などに問題はない。しかし、それは次第に大きくなり始めた。はっきり聞こえたその音は飛行機のプロペラ音だった。


 さっきの飛行機が会場近くを飛んでいるのだろうか。やはり記念飛行はすることになったのだろう。それにしても記念飛行をするにしても早くないだろうか。これから金融協会の代表者のティルナのスピーチが始まるというのに。


 俺は式次第を再び確認した。祝辞の後に二重線が引かれた記念飛行の文字が書いてある。やはりするにしても早すぎる。何かがおかしい。使用人を呼びだし、空軍基地に連絡をとってもらった。

 窓を開けると飛行機は真っすぐカルデロンの本宅の方へと向かっている。


 視界のそれに背筋を指で伝われるような、どこか湧き上がる嫌な予感がした。


 胸騒ぎにかられ目を細めて飛んでいる飛行機をよく見ると、その見覚えのある機体はどうやら以前の領空侵犯事件の際にティルナが乗っていたもののようだ。確か魔石動力型エンジン複座式空挺で、射手と操縦者が別々の機体だ。傍に置いてある双眼鏡を手に取り覗くと、操縦席だけに一人が乗っていて射手はいないようだった。


 しかし、その操縦者の片手には杖が握られている。機体は風にあおられ、それでも片手で操縦しているからか不安定だ。なぜ片手で操縦しているのだ。


 カルデロン本宅上空で機体が大きくふらついたその時、操縦席に魔法を唱えるときに放たれる魔法陣の赤い光りが灯った。


 廊下の方からだんだんだんと誰かが駆けてくる音がする。重い足取りは使用人の厚底靴の音に違いない。


 これは異常事態だ。すぐさまカルデロン本宅へとポータルを開いた。

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