紅袂の剣騎士団 第二話
カルデロン別宅のカーテンを開けると、朝日を見慣れたこの目に陽は射さず、その代わりに味気ない色をした絶えず動き続ける曇り空が目に入った。
当たり前のように増えた風向計はほとんど真横に伸び、その赤と白を最大限に伸ばし今にも破裂しそうなほどに膨らんでいる。かなり風の強い日のようだ。
そのせいか、普段は遠くを飛んでいるアホウドリたちも今日は一匹も飛んでいない。これでは予定していた飛行機の記念飛行もできまい。
いよいよ独立式典の朝を迎えたのだ。
だがどうもいい気分ではない。吹き荒れる風は窓に当たると乱暴な音を奏でる。開けようも開けられない。
式典はあの広いカルデロンの本宅の庭で行われる。
だが俺は式典には参加せず、キューディラジオで式典の音声を発信する予定だ。連盟政府内であっても、掲示板機能付きのキューディラを持つ人間はそれを聴くことができる。少し前の時点で所持している人間もだいぶ増えてきていたので、そのときよりもより多くの人が持っている(と思っている)。
情報の一方的な送信は連盟政府への挑発行為のようなことになるが、半ば情報統制を受けている状態の連盟政府市民に向けて目を覚まさせるつもりで音声を発信するのだ。
もちろんだがエスパシオの許可も下りていて、彼の指示で演台に収音用の魔石を設置してある。どこかの国に属さないでほしいと言ったダリダにも許可はとった。正しい情報の発信が目的だと言ったが、あまりいい顔はしていなかったのは事実だ。
基本的にノーとは言わない彼女に甘えているような罪悪感も否定できない。だからせめてもの償いとして、すべてをノーカットで流そうと思う。
ダイニングで軽い朝食を食べていると、風はますます強くなっていった。見晴らしのいい大きな窓からゴミか土埃か、何かが曇天模様の空を飛んでいくのが見えた。
式典は会場周辺を魔法使いたちが風向きなどをコントロールするので問題なく行えるとのことが、空軍基地からは距離があるので記念の飛行はやはりなくなったそうだ。むしろ飛ばれるとキューディラがプロペラ音を拾ってしまってきちんと放送ができなくなりそうなので良しとしよう。
十時を回ったころ、本宅の庭でアルバトロス・オセアノユニオン独立記念式典が始まった。開始のファンファーレが聞こえてくる。どれほど大きな音を奏でたのだろうか、会場の演台にセットした魔石から送られた音だけではなく、窓の外からもわずかに聞こえた。俺は魔石が拾った音声をさっそくとキューディラジオにのせた。
式典は式次第通り、ティルナのたどたどしい話し方で開会のあいさつから始まった。
時々詰まりそうになりながらで、会場にいない俺までヒヤヒヤしてしまったが、噛んだり読み間違いをしたりせず最後まで言い切った。ほぉう、と息をなでおろしていると今度はエスパシオの独立宣言書の読み上げが始まった。
“人間とエルフの歴史において、長きにわたり人間の唯一の国家としての存在していた連盟政府から政治的なつながりを断ち、独立平等の地位を占めることが必要となった時、人間とエルフに限らず、五大工の末裔、二つの宗教、商会、協会、砂漠の民、その出自、種族、集団を問わず、その声に耳を傾け真摯に受け止め、イスペイネ自治領がアルバトロス・オセアノユニオンとして離れざるを得なくなったのか、それを公に明らかにすべきである。……”
読み上げられている長い長い独立宣言の中身は、俺が知らないことでいっぱいだった。