表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

373/1860

紅袂の剣騎士団 第一話

 しばらく怠惰な食客ライフの後、俺はユニオンと共和国の連絡係を相変わらず仰せつかっていた。


 話し合いはキューディラで済むが、実物のやり取りは俺の移動魔法が一番早いらしい。いつの間にやらカルデロン本宅の一角には専用の机が置かれ、わずかながらだが仕事スペースまで与えられた。


 それは要するに“職場”を提供されたのだ。エスパシオもティルナも特に何か言ってくる気配はないが、穀潰しへの罪悪感も相まって、とりあえず毎朝そこへ顔を出すようにした。


 これまで自由業状態だった俺はついに場所に拘束されることになってしまったのである。毎日顔を出すようになると用事の時だけに呼び出されることはなくなり、指示のメモが置かれるようになっていった。(だが、何もなければ好きな時に帰れる職場とはなんとも気が楽だ)。


 それからその机に書類やら封筒やら嵩張るものを置きっぱなしにするようになり、やがて塔のように積みあがったのは夏も中ごろを過ぎたころ。暑さもピーク後の下り坂の頃のある朝、共和国へ運んでほしい書類を入れるケースに一通の封筒が置かれていた。


 別添えのメモによると、アルバトロス・オセアノユニオンとして独立したことを祝う式典を開催することとなったそうだ。

 その日までに独立宣言書のようなものが作られ、式典で宣誓され五家族の調印がなされるらしい。来賓としてルーア共和国の四省長官を招待することになったので、その連絡事項が入った封筒のようだった。

 様々な式典の中で、特に独立式典というものに要人を参加させることには一つの国家として認めさせる目的もあるのだろう。封筒の表面には【至急】【重要】【極秘】と赤いスタンプがたくさん押してある。急かさなくても俺は胞子ド〇イブより早い郵便屋さんだ。


 確認後すぐに共和国へ運び渡すと、次の日には四省長官たちに呼び出され参加表明のいいお返事をいただいた。それで発生する送り迎えも当然俺の仕事だ。当たり前のように使いやがって、と思いつつも友好の証のようなので不愉快ではない。



 しかし、何事も順調というわけではない。その直後、少々困ったことが起きた。


 マルタンにほど近いユニオン領内の山岳部から目立つ外傷のない死体が比較的死後早い段階で発見されたのだ。


 山岳部は季節の足並みが早く、夜になればもうすでに気温がだいぶ下がる頃合いになっている。発見された場所の特徴および死斑の色から、当初死因は凍死によるものではないかと疑われた。

 しかし、山岳部とはいえ温暖なユニオン領では氷点下を下回るほどにはならないということや、やや赤い程度の死斑だけでは判断を付けづらいため解剖を行った結果、凍死の際の肺に見られるような虚脱はなく、胃に見られた内容物のアジサイ科植物の葉と胃粘膜に鮮紅色の糜爛がみられたことにより死因は青酸化合物を飲んだことによるものと判明。

 凍死に見せかけた青酸化合物による他殺なのか、それとも自殺なのかで議論が紛糾し、やがてユニオン首脳部、ひいてはルーア共和国長官たちまで巻き込む事態に発展した。


 なぜなら、その被害者と言うのが、ルーア共和国から派遣された帝政思想(ルアニサム)残党調査団の二人のうち一人であり、そして、さらにもう一人は行方不明なのだ。

 死亡したエルフの名前はドラグーティン・デミトリエヴィッチ。シロークと同じノザニアンエルフ。優秀な科学者でもあったそうだ。そして、もう一人の名前はヴァジスラフ・タンコスチ。メレデントと同じウェストリアンエルフ。


 二人は遺体発見の二日前に失踪していた。

 調査団にはユニオン側の監視もあったが、所在を明らかにすれば行動の自由はある程度許されていた。失踪当日、二人は調査を終えた後、宿泊先である見晴らしのいい八階建てのホテルの最上階の部屋に戻ったのをユニオンの監視が確認しており、その後も外出した形跡は見られなかった。

 だが、翌日の朝、起床が遅いことに疑問を持った監視が部屋を確認すると就寝前の状態で誰もいなくなっていたのだ。


 二人とも監視係とも気さくに話をするなど、追い詰められていたような状態でもなく、失踪直前に特に問題はなかったと報告されている。


 その後、スパイ活動の動きで何かあったのではないかと勘違いしたユニオンの治安維持部門が泳がせるという誤った判断をした結果、共和国側への連絡が遺体発見後と遅れてしまったのだ。



 ユニオンは共和国に対し、失踪と遺体での発見の報告と共に、調査団に青酸化合物を持たせるのか、と人道的な観点から質問をしたが、共和国側は、そのような非人道的なことはしない、そもそもだが調査団は機密保護が必要になるときに自害できるようなスパイではない、と回答した。


(ユニオンが勝手に行ってしまった解剖に関して、共和国側は遺憾の意を示したが宗教的、遺族的に何ら問題はなく、解剖後に丁寧に戻した後共和国への遺体の引き渡しにユニオン側が応じたので大事にはならずに済んだ。実のところ、俺はそれを一番危惧していたが杞憂で済んでくれた)。


 そして、調査団の再派遣と死亡した団員と失踪したままの団員の捜査のための人員を合わせた大人数の派遣を要請したが、ユニオン側は緊急事態に託けた増員ではないかと懐疑的になり、これを拒否。その代わり国内での捜査を活発化させることを確約した。

 それにより、ユニオン内のルアニサムの調査は一時中断せざる得なくなってしまったのだ。


 ユニオン内の新聞であるマリナ・ジャーナル紙をはじめとした民間への公式発表は、ルーア共和国長官たちの欠席について


“共和国ウェストル地方において頻発する地震への対応と保安上の理由で独立式典への出席を見送る。独立という大きな門出を祝うことがかなわず大変残念である。海を隔てた善き友人として、此度の独立を大いに祝福をする。”


 と共和国は四省長官連名で通達してきた、ということになっている。(その裏で、連盟政府には式典に不参加であることのみ通達したそうだ)。調査団の死亡についてやその真相解明と行方不明者の発見について発表されなかったのである。


 再び両国に緊張が訪れたように見えたが、ルカスの強い要望により交易はこれまで通り維持し続けることになった。


 しかし、ユニオンにとって、共和国長官たちの独立式典への参加を成功させ、一つの国家であると内外に知らしめることこそが目的であったので威信をかけて捜査をしたが、ヴァジスラフの行方とドラグーティンの死の真相を結局式典当日まで解明することはできなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ