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やがて消ゆもの 第六話

 そういえば、こうやって呼び出すのも久しぶりなような気がする。


 前回会ったのは、思い起こすの時間がかかるほど前、特殊能力がはく奪される前だったはずだ。つまりほとんど一年ぶりなのだ。冷静になって思い返せば、大分放ったらかしにしてしまった。


 忘れるのが寂しい、一人の思い出は苦痛だと言っておきながら、日々に忙殺されて自分自身も忘れてしまっているのではないだろうか。



 はっきりとしているようでどこか夢うつつのような、眠りに落ちた後の毎度の感覚と場所も毎回の喫煙所……ではなかった。暗闇の中で明るく照らされて、見えている範囲はいつもと同じくらいだが、床は大理石でもなければ、タバコの吸い殻も転がっていない。見慣れないコンクリートの感覚がブーツ越しにある。水を流すためにか端のほうにわずかに窪みができている。

 いつもとの様子の違いに不安を覚えて真っ暗な辺りを見回し、思わず呼び出してしまった。


 すると左のほうから、ぱちん、とプラスチックのぶつかる音の後、ガラガラと引き戸を開ける様な音がした。


「え、ちょ、な、なに? うるさい。うるさい。聞こえてる。聞こえてる。聞こえてるから。今さ、アマプラでス〇トレのピカ〇ド一気見してて邪魔しないでほしいんだけど」と黒い小さなリモコンを片手に、あの有名な林檎三個分の猫の絵が描かれた薄汚れたサンダルを履いたジャージの女神が現れた。髪の毛はタオルでターバンのようにまとめられて、いい匂いがする。まさに風呂上がりのリラックスタイムを満喫している最中だ。


 だらしない恰好をしているが、そこにはいつもの女神さまがいた。いてくれた。まさかこれまでが本当に幻覚だったのではないかと思っていたので、少しほっとしてしまい笑顔になってしまった。


「あ、あの、女神さま、元勇者たちがあなたのこと忘れてるみたいなんですが」


 久しぶりの姿に気持ちが逸り、思わずお久しぶりですと挨拶もせずに本題に飛びついてしまった。


 それに、あら、と目を僅かに大きくした。


「そらそうよ。だってもう関係ないもん。あんたも女の子放ったらかすクセがあるのに何言ってんのよ。あんたは別だけど」


 そう言うと手に持っていた黒いリモコンを暗闇の方へと放り投げた。


「それって、なんか女神さまに対して失礼じゃないですか? せっかく力をくれたのに。あー、いやでも、力をくれて本人がそうさせてるなら、そうでもないのか?」


 少し混乱したが、それでも少なくとも俺はそうやすやすと忘れてしまいたくない。


 だが、女神は構わずにあくびをした。そして、「いや、別に」とさらりと言うとジャージのポケットから煙草を取り出した。真新しいビニール包装の一部を摘まみながら箱を回している。


「あんたがあそこでの私の仕事終わらせる方向に向けてくれたし、あたしから特別な力も与えてるわけじゃないし。つかさ、今じゃもう名前知ってる程度なのになんでまだ面倒見なきゃいけないの?」


 女神はパカリと開けて取り出した一本を咥えた。ポケットをタンタン叩いたあと、縁を引っ張りながらポケットの中を確認している。眉間にしわを寄せてるのは、そこにはライターがないのだろう。

 俺は杖を前に掲げるように突き出し火をつけた。前かがみになった女神はそこから火を取り、うん、と呻った。口元に細い煙の白い糸が天から垂れさがる。


「えぇ……、いや、ホラ。これまで色々力くれたわけですし、何か、こう、記憶消してハイさようならってのは、どうかと思うんですが……」と先端の火を消して杖を仕舞った。


「むひろ、感謝してほひいくらいね」と咥えたまま言った後、大きく吸い込んだ息を吐き出した。


 満足げに白い煙を丸く広げて、薬指と中指でタバコを持ち替えると


「何回も言うけど、あれだけ特別な力を与えておいたのに、あたしたちが指示したことは何一つ成し遂げようともしなかった。

 何百年もダラダラ惰性をしつづけた挙句、それが無くなるって伝えた途端にゴネ始めて、まともに動いた人に当たり散らして、しまいにはパワハラだとか喚きだす。

 それで訴えたければ勝手にすればいい。誰に言うのかって話よね。アフロディーテが前に勇者のハラスメント相談みたいなことやってたけど、今はシバサキにお熱で、言ったところで事務作業だけテキトーにして相手にもしないだろうし。

 パワハラ女神がーって街中で勇者がデモ行進しながら叫んだら、それこそ見ものだったわ。アッハハハ。それなのに罰の一つ与えないで記憶消すだけって、むしろ優しすぎるんじゃないかしらね。あんたも色々やられたみたいじゃない。だから、あんたにはやり返す権利があるわよ? それも女神の加護付きで。最近はやりの逆追放モノ。ざまぁ展開。ま、やらないでしょーけど」


 とタバコを親指で揺らした。


 はらはらと灰を落した後、天から垂れた煙の糸をくぐる様に散らして背中を向けた。そして、暗闇の中にある何かに両肘を載せて、大きく吸い込んだ煙を吐き出している。ここはマンションのベランダなのだろうか、俺には見えない遠くの景色を見ているような目をしている。

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