やがて消ゆもの 第四話
ラド・デル・マルのメインストリートにある白い壁際を歩いていた。近代化の波の中でそれだけが取り残されたように真っ白く残っている。唯一遺されたかつてのラド・デル・マルの街並みの一部を、懐かしさに手で軽くなぞっていた。
しかし、陽の差さない角に近づき、その暗がりに手が触れて、少しざらざらした壁の肌触りがふと途切れた時だ。誰かに名前を呼ばれたような気がした。
後ろから声をかけられたようで振り向いたが、すぐそばにいる人たちとは目が合うこともなく、楽し気に誰かと話したり、まっすぐ前を見たりしているので呼びかけたような素振りを見せていない。
気のせいかと思って再び足を出そうとしたら、
「おっす、イズミ! 久ぶりだな!」
と今度こそはっきり聞こえたのだ。その馴染みのある久しぶりな声の方を振り返るとヤシマが見えた。
少し離れたところでヤシマが大きく手を振っている。
「久しぶりだな。何やってんだ?」と体を彼の方へ向けて呼びかけると、手を振りながら駆け寄ってきた。
「いやいや、ちょうどよかったぜ。まぁ大した用事でもないんだけどさ」
傍に来るとさっそくと話を始めた。どうやら俺を探していたようだ。
「おれさ、実はな、コーヒーとタバコを買い付けに来たんだよ。んで……」
ヤシマから買い付けと言う単語が出てくると、嫌なことがちらりと頭の中をよぎる。まぁた何か良からぬことをし始めたのではないだろうか、久しぶりの再会にもかかわらずのっけから俺は顔をしかめてしまった。
それを察したのか、慌てて手を動かして弁明を始めた。
「おおい、おい。いきなりそんな顔しないでくれって。今回は悪いことはしてないんだぜ。連盟政府の偉い人の許可は出てるんだよ」
「ホントかよ……」
その連盟政府の偉い人も本当に大丈夫な人なのだろうか。やや、かなり不安だが、曇る俺など構わずにヤシマは説明を始めた。
いわずもがなユニオンの名産は、イスペイネ自治領の頃からタバコとコーヒーである。はるか昔、連盟政府成立以前から作り続けているので、他の産地に比べると知名度も品質も抜群に高い。
それ故に連盟政府の中でも貴族御用達で人気が高い。正確には高かった。今は敵対関係と言うことで堂々と飲んだり吸ったりはできないそうだ。
さらに、商売と言えばでお馴染みのトバイアス・ザカライア商会がカルデロン・デ・コメルティオと仲が悪くもともと入れなかったので、これまでタバコやコーヒーは商会経由ではなくある政府高官が個人事業で取引を行っていた。
だが、分離独立によりこれまで買い付けていた人間が政府に近い人間ということもあり、領地内へと入れなくなったので、貴族が買い占めを行い価格が暴騰したそうだ。その高官はスパイ容疑で現在拘束中らしい。
さすがの連盟政府も価格の暴騰し続け高止まりする様相を見せる気配がなく手を焼いているらしく、カフェイン中毒とニコチン中毒のお偉方も少なくないので、何かと親交のあったヤシマに権限を与えて非公式ながらに買い付けをさせているらしい。
もちろん、シルベストレ家のタバコの証である莨葉アホウドリやブエナフエンテ家のコーヒーの証である茜葉アホウドリのロゴは消される。
宣伝や品質、プライドの証であるそのロゴを消すことに憤りを覚えそうな二人だが、吸ったり飲んだりすれば誰でもわかる代物だ。両家ともに味に自信があり文句はないそうだ。(それを了承させたヤシマもなかなか策士だ)。
「っつーわけよ。非公式だけどフェアなトレードだし一応まともな仕事だからさ。クライナ・シーニャトチカの治療院でカノジョの稼ぎはかなり良いんだが、ヒモってのもな! がははは! 今年の冬の貯えもあるし、おれもしっかり稼がないとな」
嬉しそうに笑うヤシマに俺は、がははじゃねーぞ、と心の中で舌を出した。それにしても冬とはどういうことだ? この間終わったばかりじゃないのか?
だがそれはひとまず置いておこう。連盟政府内で消費されるコーヒーもタバコもかなりの量だが、いくら移動魔法用のマジックアイテムを持っているからと言って一人で運べる量ではないはずだ。それこそ毎日トン単位で運ばなければいけなくなる。
「一人でやってんのか? 移動用マジックアイテムあっても一人じゃ大変だと思うけど?」
「いんや、もう一人。政府のお目付け役の女の人がいるんだけど……」と親指を後ろに向けて指した後、振り向いた。
だが、そこには誰もいない。
「あれ? またどっかいったな? ユニオンもどこかで監視してるはずだから、あんまりいなくならないでほしいんだよなぁ……」と探す様に首を左右に動かした。
見当たらないようで探すのをあきらめると、「クロエって言う名前の人なんだけど、政府の孫請けぐらいで外部委託したゆるゆるのとりあえずお目付け役。こんな感じでちょくちょく黙っていなくなるんだよ。んで、気が付いたらいつの間にか合流してる。こっちの世界じゃ珍しいくらい真っ黒な髪でPTA会長とかが付けてそうな眼鏡してる女の人」