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やがて消ゆもの 第一話

 カミュと共にユニオンに戻り、連盟政府領へ戻ったのを確認した後、俺は少しばかり休むことにした。年齢のせいか、疲れやすくなってきたのだろう。足もむくむし体が重く感じることが多いのだ。


 アルバトロス・オセアノユニオンの首都として、初めて迎えた春のラド・デル・マルは活気に満ち満ちていた。


 独立後に五大家族達が危惧していた若干の混乱もすっかりと収まり、国内も安定し始め、雪のない冬は終わり、魔石蒸気エンジン車は沸き立つ音を上げて街をかけ、空には鋼鉄のアホウドリが群青の羽を広げて飛び交う。魔力街灯は夜の街を以前よりも明るく照らしだし、陽気な眠らない街は、昼夜を問わず光を放つ眠れぬ街へと変貌した。

 暖かく開放的な街は、もはや陽気に騒ぐだけでは湧き上がる感情を抑えきれず、新しい物の立て続けの登場に興奮している青年の輝きにも満ちている。


 まさに新しい時代の幕開けといった様相だ。



 ユニオンはルーア共和国との会談が終わった後、恐るべき勢いで科学技術化が進んだのだ。

 これまではカルデロンの敷地内でしか見られなかったエスパシオの道楽である魔石蒸気エンジン車がぽつりぽつりと街の中を走り出し、日を追うごとに一台、また一台と増えていった。

 そして、増えていくそれらをスムーズに走らせるために石畳に掘られていた馬車用の轍は撤去され、道路は拡張され、今ではすっかり平らに整備されてしまった。

 敷き詰められていた綺麗なモザイク模様の石畳を気に入っていたが、車両の通りやすさためとはいえ掘り返されてモルタルでならされていくのは何とも表現しづらい物悲しさがある。


 道の改良に伴って歩道も整備され散歩もしやすくなった。これまでは道と言えば、端から端までの一面のモザイク石畳だけだったが、人は人、車は車で分けられるようにもなったのだ。

 左側の歩道を歩いていると、すぐ横の車道には向かいから車がやってきて通過していく。ユニオンは共和国と同じ交通に関する法律を採用したので左ハンドルである。共和国で免許を取得した俺はユニオンで運転はできるのだろうか?



 立場上、休みとは自主的なものだ。つまり今の状況は何もしないという選択肢を選んだだけなのである。だが、何もしていないというのは退屈なので、日々目まぐるしく変化してく街並みを楽しむためにその日も散歩に出ていた。どれだけ街が機械化されようとも、天気がいい日は気持ちがいいことに変わりがない。


 その途中で高級住宅の並ぶエリアに通りかかった時だ。


 以前の()()()()のせいかその辺りは散歩コースから無意識に外していたようで、これまで通ることがほとんどなかったエリアだ。間隔を開けて並ぶ見覚えのある豪邸に並んで、忽然と大きな四角く白い箱が出現した。しばらく通りかからない間に新しい建物ができたのだろう。

 街の景観を守るために役木が植えられているが、それでも大きく場違いな白い箱は姿を隠すことができず、天に伸びる煙突や無機質な壁や格子の嵌められた窓を木々の合間から覗かせている。


 その入り口にある看板を読むと、『ユニオンモートル社 ラド・デル・マル工場』と書かれている。どうやらここは車の製造工場で、できたのはつい最近のようだ。新しい真鍮製の看板は錆一つなく、それに取り付けられている羽根を開いたアホウドリとプロペラを模したメーカーのロゴエンブレムも黒光りしている。


 この辺りにあるのは大きな邸宅と広い庭、それに立派な庭木と似たような構造も多く、現在地もなんとなくでしか把握していない。もともとここは何だっただろうか。きょろきょろと周りの建物を見回すと見覚えがある。自分がいるところがあの一件のあったエリアであることと、隣の家の壁に残っているわずかな黒い焦げ跡を見て思い出した。あれはモンタンがカミロのラボを証拠隠滅のために爆破したときの煤だ。ここはバスコの家兼研究所の跡地だったのだ。


 改めて見回すと、見覚えのある程度にしか思っていなかった周りの建物は鮮明に記憶に蘇り、水を得て胸の中が膨らむような感覚に包まれた。そこの前を歩いただけでは、ここがあの陰惨な事件が起きたバスコの研究所だったことすらわからなかったのか。戦いの記憶ばかりだがそれでも懐かしい風景が去っていく。



 郷愁にも飽きてしまったので工場を離れ高級住宅街を抜けて大通りに出ると、やはりメインストリートだけあって道幅もこれまでよりも何倍も広く、多くの車が行き交っている。そこを右に左に交差する車たちをよく見ていて(正確には見た目だけではなくエンジン音で)気が付いたことがあった。

 どうやら魔石蒸気エンジン車は二種類出回っているようだ。あの金属加工術(ヒューリライネン法と言うらしい)が使われるものは高出力で、乗り心地も然り、あのエンジンの重低音が特徴的だ。いわゆる高級車であり数が少なく、反対に共和国で走っていた車は、聞きなれていたが高い方の車のエンジン音を聞いてしまうとどうも物足りない気がする。つまり、T型フォ〇ドのような大衆車(安くはないが)になりつつあるようだ。

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