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真冬の銀銭花 最終話

 イズミの移動魔法でユニオンまで移動し、その後は陸路で国境を越えた。


 移動の際に使った費用はルード通貨で支払ったのだが、来た時よりも費用が掛からなかった。まだユニオンで使用されている通貨はルードであったが、ユニオンルードと呼ぶ人もいて、すでに連盟政府内での価値との違いが出てきているようだ。噂を聞きつけ豊かさを追い求めて国境を越えようという連盟政府の人間たちが関所に押し寄せていた。不法に越えようとして捕まった者の姿も散見された。

 鼻につくような言い方ではあるが、暮らしぶりが豊かであることに間違いはない私にはそれが理解できない。

 しかし、そのうちユニオンで独自の通貨が発行され、ヴィトー金融協会も締め出されてしまうのはもう目前なのではないだろうかと肌で感じる。もしそうなればヴィトー家もどうなるかわからないという、漠然とした不安もある。


 国境を越えても、サント・プラントンの金融協会本部に戻っても、特に拘束されることもなかった。簡単な始末書を出すように言われ、そしてひっそりと諮問を受けた。それも諮問と言うより、ただの報告会のようなものだった。内容は共和国内での活動の報告だけであり、特に何も尋ねられることがなくむしろ不気味だった。


 おそらく、連盟政府は共和国を重視しなくなったのか、それとも別の何かがあるのか、だ。


 それよりも多く詰問された内容は辺境孤児支援基金についてだった。中間報告が遅れていると上層部が執拗に尋ねてきたので、その時点まででの調査報告を行った。


 辺境孤児支援基金とはヴィトー金融協会の北部支部が連盟政府成立後まもなくに立ち上げた北部の孤児への支援を目的とした200年近くも続く伝統ある基金である。

 北部は厳しい環境のエリアが多く、貧しい層の孤児たちを救済するために立ち上げたのだ。この十数年でスヴェンニーへの差別的な見方が解消されつつあり、オージーやアンネリもその恩恵を受けたそうだ。


 と言うのが基本情報である。


 数年前、管理している金融協会北部の前統合支部長が移動中の落馬という不慮の事故により死亡し交代。新しく就任した支部長が、ルード通貨の弱体化に伴いエイン通貨での割合を増やしたのだ。


 その結果、辺境孤児支援基金を含めた支部全体の総資金を増やすことに成功した。しかし、それに伴って増大した支出について不透明な点が多く見られたので、増加割合が特に大きい辺境孤児支援基金についての捜査を内密に行うに至ったのだ。


 彼らのこれまでしてきた報告の上ではルード弱体化以降にエインの割合を増やしたとなっていたが、私が行った調査で弱体化以前から割合の増加を示す記録が出てきたことが明らかになった。そしてその支出の三割が孤児支援事業との関連が薄い文化保護費としてトナカイの育成費用に充てられ、さらにもう三割が使途不明であることも明らかになった。



 共和国でのことを報告をした翌日のことだ。


 特段の指示もないので本部へ顔を出した際、これまで何も言わなかった本部上層部が突如私を呼び出し、無期謹慎を言い渡してきた。

 理由はヴィトー家の宝剣の一つであるジュワイユースを破損、消失したことだそうだ。さらに宝剣を持つことを禁止されてしまった。


 だが、謹慎は厳しいものではなく、居場所を常に報告すれば休暇と考えてよいそうだ。


 今のシーズン、北部では温泉がとても気持ちがいいらしい。観光シーズンもズレているので行くにはぴったりだそうだ。暇なのは性に合わなかろうと北部の土地情報を与えてくれた。もし観光に行くのであるならば優秀なガイドを紹介してくれるそうだ。時間もある。断る理由もないので観光を満喫しよう。



 二つ返事で観光を決めた私は、次の日にはすでにノルデンヴィズにいた。


 優秀なガイドはノルデンヴィズにいるそうだ。名前はムーバリというらしい。


 監視のため所持を制限された移動用マジックアイテムを協会ノルデンヴィズ支部に預けた後、待ち合わせ場所であるウミツバメ亭でのんびりコーヒーを飲んでいた。

 すると、一人の男性が店に入ってきょろきょろと店内を見回しているのが見えた。黒い髪をオールバックにした色白の肌、細く切れ長の青い目の男は窓際の席でくつろぎながらコーヒーを嗜んでいる私と目が合うと、ぱっと表情を明るくした。


 人を見た目で判断してはいけない、は建前である。人となりは見た目に大きく作用するからだ。この男が視界に入った瞬間、どれだけ柔らかい笑顔を振りまいて温和そうな人物のふりをしても隠し切れない闇があることがわかった。ただものではない。


 そしてこの男こそ隠密捜査の協力者、おっと、優秀なガイドであると瞬時に理解した。彼が足音を立てずに椅子の横まで来ると、私は思わず腰を探り、手元には無い剣を構えてしまいそうになってしまった。


 だが彼は物おじ一つせずに、「こんにちは、カミーユさん。ムーバリ・ヒュランデルと申します」と、右手を差し出してきた。


「もし、そうでないとしたらどうします?」


 警戒していることを悟られないようにベルトを弄るようにして誤魔化していると、その男はにっこりと口角を上げて目を細めている。


「そんなことはありません。あなたはカミーユ・ヴィトー。あなたとは初対面ですが、顔と気配に名前が書かれていますよ。人は見た目で充分判断できます」


 揺さぶりに動じることもない。気配でわかるのはお互い様のようだ。


「そうですか。私も少し愛想が悪いことをしましたね。これから仲良く観光だというのに」


 そして、椅子から立ち上がりながら「こんにちは、ムーバリさん。あなたがガイドですか?」と差し出された右手を握り返すと、男は中指の下にマメのある左手を覆いかぶせて温かく包んだ。剣を携えていないのによく鍛えられた掌をしている。


 その顔をよく見ると、あることに気が付いたのだ。オージーやアンネリにどことなく雰囲気が似ている。


「もしかしてスヴェリア地方の方ですか?」


 それを聞いた男は驚いたように眼を開いた。そして、「お気づきでしたか。気を使ってくださっているのか、スヴェンニーとは言わないのですね」と仕方がなさそうに笑った。


「時代に取り残されるようなことはしませんよ。私は気にもしていませんし、スヴェンニーの信頼できる友人もいます。ですが、気を使うべきところではありますからね。私が気にしなければ好き放題言ってもいい、というわけでもないですし」


「ははは、素晴らしいですね。それでは観光と行きましょうか」



 気さくに笑う、この黒い髪をオールバックにした色白の肌、細く切れ長の青い目の男と協力して、辺境孤児支援基金の捜査をすることになったのだ。

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