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真冬の銀銭花 第十六話

「その直後にマルタン領空侵犯事件が起きました。どうやら、私のせいでユニオンが強硬姿勢に出てしまったそうですね。申し訳ないです」


「イズミ、何度も言うけど僕は自分の意思でカミュについていったんだぞ」


 私の話が終わるや否や、マリークが付け加えた。彼はイズミに髪をわしわし触られていて、嫌そうではないが話を聞いてくれているか不安な様子だ。


「聞いたよ。知ってるって。でなきゃこんなとこに来られないよな。見張りも拘束も緩い。ユリナも女中さんたちも、みんなマリークの言ってることを信じてるからだよ。少し甘すぎな気もするけど。

 ユニオンのことは色々あったけど結果オーライ……いや、死人を一人も出さずに丸く収まった。膠着状態だった話合いを大騒ぎ起こしてくれたことで事態を動かせたと言えないこともない」


「だ、か、ら! 何にも悪くないんだって!」とマリークはやや怒り気味にイズミに向かって繰り返した。


「何にも悪くない、ことはないぜ。マリーク」


 いつの間にか部屋に来ていたユリナがマリークの言葉にかぶせた。そちらへマリークが飛び上がる様に振り向くと、不安に目を見開き、眉を下げて、


「ママ! なんで!? カミュは何にも悪いことはしてない! ジューリアだって女中さんたちだって、誰も死んでない! だから許してあげて! ダメなら僕が全部責任を取る! 僕のためにカミュがしてくれたんだから! だから!」


 と動揺から始まり次第に強くなる口調で言った。それに驚いたのか、ユリナは目を見開いて自分の息子を見ている。


「オトコになったなァ……。泣きそうだわ」


 そして一息つくと、


「カミーユのしたこと、マリークにしたことはマリークがそう言うならば何一つ悪くない。まぁ女中部隊ブッ飛ばしてくれたのはさすがに腹立つがな。

 だがなぁ、それはうちの中、カミーユ、シロークと私、それからマリークっていうギンスブルグ家の中だけの問題なんだよ。だけど私とダンナが長官であり、カミーユが敵国の特使であるとなると、大人同士で責任を負わなければいけないことがでてくるんだよ。その小さい肩にまだ載せられないさ」


 と言った。

 マリークはまだよくわからないのか、困った顔をした。何か言いたげに小さな口をパクパクと動かしている。


「まだわかんねェか。とにかく最後まで話を聞いてからだな」


「さて、カミーユに処分を言い渡す」


 後ろから遅れて現れたシロークがユリナの隣に並ぶと手に持っていた手紙を開き、掲げるようにした。


「共和国司法長官の命令により、カミーユ・ヴィトーは国外追放とする」と読み上げた。それにマリークは慌てだして、シロークに飛びついた。


「パパ! なんで!? そんな! イヤだ! なんで、出て行けなんて! ひどいじゃないか!」とズボンにかじりついて足を揺らしている。


「こーら、マリーク。話は最後まで聞きなさいってカミーユにも言われなかったか?」


 シロークは手紙を丁寧に折りたたみ上着にしまうと、マリークの頭に手をそっと置いて頷いた。


「なお、現在交渉中のため双方の利益を考慮して一時的に無効とする。

 とりあえず国へ帰れ。そしてそちらでの責任はそちらでとってくれ。金の負担に関しては、しばらく事後処理もあるので現状維持。

 先の侵犯事件で友学連への警告飛行と言う形で誠意を見せたんだからそちらも見せろ、とでも伝えてくれ。秘密裏に開催された会談だ。口頭で充分だろう。

 それが気に入らずに何かあるのであらば、不法入国があったと公表する。それに君は頭取の娘だろう? なんだかんだ融通利かせて甘い処分しか下らないはずだ。

 それにカミーユの独断で動いたことだとはっきり言ってきたわけだ。和平交渉を妨害したとか言い始めたら、こっちから何にも影響はなかったと報告するまでだ」


 と言った後、「まぁ、なんだ……。おかげでこちらの貨幣経済の崩壊は免れたわけだからな」と視線を逸らしながら囁いた。


「つまり、何も処分は下りないということですね」


 内心、ホッとしたところもある。でも、私がユリナとかねてから面識があったが故に甘い処分を下されたことへつながったという罪悪感はぬぐい切れない。組み合わせた指先で遊び、手を見つめた。


 しかし、マリークはやった! と拳を上げると私の方へと振り向いて、歯を見せて屈託なく笑ってくれた。まぶしい笑顔に助けられたような気がしたので頭を撫でてあげたい、ところだが、ガラスの壁越しでは無理だった。そこで微笑み返した。


「解放後は特殊なルートで共和国へ入国、その後サント・プラントンに向かうと連絡をしてある。さっさと帰れ」とユリナが言うと静まり返ってしまった。


 はて、どうやって戻ればいいのだろうか、尋ねようとした瞬間、「ホレ! イズミ、ぼさっとするな」と突然ユリナはぼんやり座っていたイズミの肩をパスンと叩いた。


 無警戒で叩かれたイズミは「え? ええ? 俺が送るの?」と顎を突き出すようにつんのめっている。


「オメェが連れてきたんだ。オメェで帰せ。ったりめーだ」


 ユリナの掌を避けるように肩を上げ、迷惑そうに顔を反対方向にのけるイズミの姿はいつも通りで安心した。


「海岸線が隆起して使えなくなった港がいくつかあって、船だと余計時間かかっちまう。移動魔法で何とかしろ」


「あぁ、じゃ、とりあえずラド・デル・マルに送るからそこからは陸路で何とかしてくれ。俺も今連盟政府領には入りづらいからさぁ」とイズミは姿勢を正すと私の方を向いてそう言った。


 それにユリナは「はははは! オメェも大概やらかしてんなァ!」と大声で笑っている。

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