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真冬の銀銭花 第十五話

「通貨がどうかしたのかね?」


 アルゼンさんが追いかけるように尋ねてきた。


「連盟の中にあるもう一つの、公にはされていませんが反発的な意志を持つ北部の住民を圧迫するために存在していたはずのエイン通貨が価値を上げてきているのはご存じなはずです。

 さらに昨今のルード通貨価値の変動と弱体化が各地の叛乱により深刻になり、低水準ですが安定していたエイン通貨への流出が加速しました。

 連盟政府は主流通貨であるルードの優位性を保つために通貨圏を広げる必要があると判断したのです。それは金融協会の本部上層部も同じ意見でした。そこでマリークの誘拐を指示してきたのです。

 どこで情報を手に入れたのかはわかりませんが、私とマリークは親交が深いことがすでに知られていました。そこで彼を交渉材料にして、ルード通貨をこちらでも段階を無視して主流にしようと目論んでいたのです。

 最初からそのプランは伝えられていました。しかしそれは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段であり、まさか実行しろなどと言う指示が出るとは思いませんでした。

 それに私自身、そうなる前になんとか成立できるように計らおうとしました。ですが、どうやら意味がなかったようです。過剰な要求を突きつけ続けていたのは、交渉の進み具合に関係なく実行するつもりだったからのようです。主流通貨がルードになれば関係ない、と」


 それを聞いたシロークは困ったような唸り声をあげ息を吸い込み、背筋を正した。


「つまり、こちらの貨幣経済を崩壊させるつもりだった、と」


「たはー、つれぇな。それでも和平に向けて歩み寄らなきゃいけねーってのは」とユリナが前髪をかきあげて眉を寄せている。


 黙って腕を組んでいたアルゼンさんが円卓に身を乗り出し、ユリナの方を見つめた。そして眼鏡をはずすとポケットからハンカチを持ち出して拭き始めた。


「なぁ、ユリナくん、和平の必要はあるのか? このようなことをする人間(エノシュ)に肩入れをするのは間違っていないか? 確かに君も人間(エノシュ)だが、エルフに対する貢献度は計り知れない。だがどこかで人間(エノシュ)を庇おうとしていないか?」


 眼鏡に息を吐きかけると白く濁った。汚れが落ちているのを確かめるように拭き続けている。


 尋ねられたユリナは腕を組んだまま目をつぶった。


「私は人間が嫌いだ。たぶんあんたらの倍よく知ってる私は、あんたらの倍以上に嫌いだ。なら、カミーユをボロ雑巾にして送り返すか?

 だがなァ、それじゃあ人間と何一つかわりゃしない。アルゼンの旦那、あんたを特別顧問として、それもお飾り役職ではない立場で呼んだのは私なんだよ。

 あんたがそう言いたい気持ちはよくわかる。兄弟が戦争であっちに取り残されて生きているかどうかもわからない状態なのに、冷静に実績を上げて長官になったあんたを信じた私を裏切らないでくれ」


 それを聞いたアルゼンさんは拭く手を止めて、ユリナの方を見てにっこりと笑った。


「ほっ! 小娘は相変わらず生意気だな! だが、そう言うと思った。私の君への見当違いはしていなかったようだな」


「なんだよ。最初から言え。さて、どうしたモンかねぇ?」と面倒くさそうにしかめた。


 眼鏡をかけなおしたアルゼンさんは、


「どれ、ここは一つ、このお客さんを国に帰そうではないか。()()()()()()()()()()


 と微笑んでいる。ちらりと私の方を見て目が合った。しかし、微笑みを讃えたその眼は笑っていない。


「なるほど、寛大な心持で、だな。じゃ、ついでにこうはどうだ? 連盟政府様の顔色を窺って、その“共和国側の協力”とやらをしてやろうか。私たちのやり方で」とユリナはマゼルソンを見た。


「これは不穏なことをいう軍部省長官だ。何かね? 私の飛行船を使う気かね?」と目が合うと驚いたように両眉を上げた。


「お、わかってんじゃねぇか。さすが。で、使わせてくれるのか?」


「構わない。だが条件がある。ヘリウムではなく水素で飛べ。ヘリウムの埋蔵量は多いが採取が難しい。このところ脇に逸れがちなユニオン側との話し合いも少しばかり進めなければいけない。連絡が途切れたが、あのお人よしはまだあそこにいるんだな? そいつに少しばかり動いてもらうとしよう」


「何する気だ? 水素ってなァ……、ジジィ。私のこと殺す気か? 息子と死因を一緒にしたいのか?」


 舌打ちの後に悪態をついたユリナ。


「つくづく減らん口だな。その程度で死ぬとは思わん。死ぬのは勝手だが、自分に代わる者を育ててからにしろ」


「ハッ、信頼が厚いようでなにより」


「仲がいいなあ。君たちは。私も嫉妬してしまうよ。ほっほっほ」


 アルゼンさんが笑い出すと、シロークは咳払いをした。そして、ヘリウムやヒコウセンという言葉が分からず、置いていかれて顔を覗き込むことしかできない私を見ると、


「さて、今回の騒動の当事者を置き去りにして話を進めてしまったな。カミーユ、君の処分は後日伝える。引き続きギンスブルグ邸で監禁させてもらう。司法省長官、被害者である私の息子が誘拐ではないと言っているので、今回は女中たちと敷地内で乱闘騒ぎを起こして家庭内にわずかに不安をもたらした程度、ということで異存はありませんね?」とマゼルソンに尋ねた。

 彼が深く頷くのを見ると、被疑者招致詰問を終了させ私を長議室から退出させた。ラウンジまで迎えに来ていたのはウィンストンだけだった。


 車の中ではウィンストンがジューリアの話を嬉しそうにしていた。ジューリアはこの間の騒動で血が騒いでよかった、また手合わせをしてもらいたいと言っていたらしい。

 彼の話に耳を傾けながらも会議室との空気の落差に心はどこか遠くの、窓の外の煙突の先からでる真っ黒な煙の中にいるような気がした。

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