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真冬の銀銭花 第十話

 私にはわかる。マリークの銃杖は彼の実力をもってすればジューリアの足止めをすることは容易だ。しかし、どれだけ力があり強力な武器を持っていたとしても、人を傷つけあまつさえ殺める訓練を受けていない彼には、おそらくジューリアを撃つことはできない。


 だが、はるか上空に向けて青い一筋を作るか、私たちから離れた地面にでも撃って小さな石ころを跳ねさせてくれさえすれば隙ができる。マリークがジューリアのいる方向に撃ったという、事実が大事なのだ。


 しかし、彼の魔法はなかなか飛んでこない。起こることのない“たまたま偶然”を恐れているのだろう。


 ジューリアはあたりへの警戒を解き、これまでにない殺気を放ち構えた。そして「坊ちゃまを隙に利用するとはね。なるほど、あんたは騎士じゃない」と喉を低く呻らせ、鬼のような形相でこちらへ突進を始めた。


 猛攻が来る。しかし、私は動じない。

 もうあと数歩、それでもガードはしない。そしてついに、迫りくる彼女の体重と勢いを載せた渾身のストレートが刺す様に飛んできた。


 まさにあと一歩というところで私とジューリアを隔てるように氷の壁が突如出現したのだ。

 目の前には白く乾いた氷の壁が立ちはだかり、しんしんと冷気を放っている。それに思わず驚いてしまった。しかし、それと同時に彼の優しさに熱くなったからだが心地よく醒まされていくような気分になった。

 マリークはやはり撃たなかった。撃てない代わりに、守ろうとしたのだ。


 撃たずに守るつもりですか。それもどちらかではなく、どちらも。おもわずこぼれた笑み。

 本当にやさしい子です。命に代えて守らなければ。その優しさにあやかってここで退いてしまいましょうか。


 でもそうもいきません。倒さねば進めないのです。そしてあなたのおかげで隙を作ることは出来ました。



 私は腰を低く構え、息を吸い込んだ。冷気と共に鼻の奥を湿らせる水の匂い。肺に満ちたそれを吐き出しながら、氷の壁に渾身の力を籠めた拳を向けた。

 ガラス板を割る引き裂くような高音が響き渡ると分厚い氷は粉々に砕け、大小さまざまな欠片は光り輝く刃の吹雪のようにジューリア目掛け飛んでいった。攻めの一手で突進してきた彼女はガードがなく、飛び交うそれらを避けることに必死になっている。


 今がチャンスだ。


 手で顔を覆い隠し隙だらけのジューリアの、先ほどの根を張ったようなものではなくなり地につくことにさえ必死な足元に潜り込み、わずかな腕の隙間に見えるオトガイ目掛けて拳を振り上げた。


 その刹那に見えた、ジューリアの顔は目じりにしわが寄り口角をわずかに上げていた。もはや顎へのヒットは免れ得ないことを理解したような、受け入れたような顔だった。しかしそれは卑屈な敗者の顔ではなく、どこか笑っていたようにも見えた。私に対する嘲りでも、強者との戦いの愉悦でもない、それはまるで誇らしいような、そんな笑顔だ。


 ジューリア、顔を狙わなかったあなたに感謝します。ですが私はあなたには勝たなければいけない。ごめんなさい。

 マリーク、私はこの人を越えなければいけないのです。私も、ジューリアさえも守ろうとしたあなたの優しさを裏切ります。その優しさを永久に守り続けるために。卑怯と言われようとも。


 鋼のような硬い骨と骨がぶつかり合う、鈍い音とともにジューリアは吹き飛び、地面に落ちた。


 彼女は立ち上がらない。私は勝ったのだ。



 大の字に横たわる彼女に近づいた。結わえていた髪はほどけ砂地に広がり肩で短い息をしている。彼女を見下ろしながら言った。手は差し出さない。


「私は騎士ではありません。騎士道精神は期待しないでください」


 僅かに意識のあるジューリアが「私の負けだよ」と腕をおでこに載せて微笑んだ。


「あんたは誘拐したんじゃない。わかったさ。無理強いされて撃つなら、あんたを守るような氷壁を作らんさね」


 腕がどさっと落ちると「行きな」とゆっくり目をつぶった。


 振り向き、立ち去ろうとする私の背後から「泣き虫の坊っちゃまを泣かしたら、次は容赦しないよ……」と囁くような声が聞こえた。どうやら意識を失ったようだ。


「約束します。命に代えても」

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