真冬の銀銭花 第七話
「止まりなさい! コスプレ剣士!」
マリークと駆け抜ける廊下では魔法射出式銃を携えた軍服の女中部隊が廊下の向かいからこちらに向かって走ってくる。
「意外と早くバレましたね。何かしたんですか?」
「ご、ごめん。実は今日家庭教師の先生が来るの忘れてたんだよ。厳しい先生だからいないとすぐ探しに来るんだよ」と苦々しい笑顔を向けてきた。
「まったく! いけませんね! 逃げた先でも勉強はしてもらいますからね! 私だって脳筋とか言われてますけど高等な教育は受けているから教えるくらいできますからね!」
「えぇ……」と笑顔はなくなり苦々しいだけになった。
「とにかく、話は後です。マリーク! 銃を無効化してください!」
「ど、どうやって!?」
「あの子たちの銃に魔力を送ってください! そうすれば壊れます!」
「わ、わかった! やってみる!」
背中に抱えた銃杖を持ちあげ、引き金に指は掛けずバットプレートを前に掲げるように突き出した。
「坊ちゃま! なぜこちらへ銃口を向けるのですか!?」
マリークが突然構え始めたので女中部隊に動揺が走ったようだ。どよめきが起こり、落ち着きなく隊列が乱れている。
「みんな、ごめん!」と声を上げると、すらりと伸びた筒の先から衝撃波のようなものが飛び出した。
突風が通り抜けるように女中部隊の間を音もなくそれが吹き抜け、彼女たちの髪を揺らす。しばしのざわめきの後、彼女たちは体に異変が何もないことを確かめると、お互いに顔を見合わせて再び銃を構えた。そして私だけを狙うように指示をだし、てーェッと声を上げ引き金を握った。
しかし、パチンパチンと虚しい音だけを響かせて銃は魔法を吹かなかった。
私はマリークと顔を見合わせて笑うと、彼よりも先に動揺が走る女中部隊の列に滑り込み、足をかけて全員を転ばせた。隊列に隙間ができたので「マリーク! 走りなさい!」と叫び、彼と素早く通り抜けた。
少し後ろを走るマリークに歩幅を合わせると、「あの坊ちゃま坊ちゃまって呼ばれるのすっごいイヤなんだけど……」と耳まで真っ赤になって恥ずかしそうにつぶやいてきた。
「いずれ“旦那様”になりますよ。焦ってはいけません、“未来の旦那様”!」とふふっと微笑みかけた。大人になりたい彼はいつまでもきっと私には愛おしい。成長を傍で見られる私は幸せなのだ。
私の言葉に理由は分からないがマリークはえっと目を丸くして息をのんだ。
「そ、そういえば、剣はどうするの? ああいうのって騎士のホコリじゃないの?」
「必要ありません! 私は騎士ではありませんよ。まずはここを抜けだすことが先決です! あれば便利ですけどね!」
「そうなんだ! 置きっぱなしなら、ウチの家宝にしてあげるよ!」とマリークは歯を見せて笑った。
「それはありがたいことですね。ふふふっ。ですが、家宝になるのはまだ先の様です!」
廊下の角を曲がったところで、少し先の窓の前の床にジュワイユースが落ちていたのだ。
「あった! なんでこんなところに?」マリークも気づいた様子でそれを指さした。いきなり近づいてはあぶないです、と言おうとしたが、彼は駆け寄っていってしまい、うんしょ、と重たそうに持ち上げた。
しかし、何も起きない。おそらくここに、これ自体には何もない。
どう考えても罠だが、「とにかく、あれば役に立ちます」と武器が一つでも増えることに違いはないので、全身で持ち上げるマリークからそれを預かり、彼のいない方向に二、三度振って感触を確かめた。空を切る音はまぎれもなく私のジュワイユース。背負おうとズシリと背中に響く。やはりメイド服は軽すぎる。この重さあってこそだと私は背中の感触を懐かしんだ。
外を見ていたマリークが「ここの窓から裏庭に抜けよう! 裏は針葉樹の森が茂ってるけどその分目立たない!」とすぐ横の窓を大きく開けた。冬の風の冷たい風に目を細めると、二人のと息は白くなり吹き込む風に流れ去った。寒さに立ちはだかれてはいけない。彼を持ち上げて窓の外に出し、私も飛び越え、そして再び走り出した。
遠ざかる屋敷から警報が鳴っているのが聞こえる。それを背中に森の中をひた走る。
「庭の森を抜けたら少し開けたところがあるはずです! そこから柵を越えましょう」
「なんで知ってるの?」
「あなたと遊んでいた時に見つけたのですよ」
目の前には光りが差し込んでいる。原っぱはもうすぐだ。
しかし、森が開けようとしたまさにそのとき、出たところにいる何かの気配に気づいた。
私が足を横にしてががっと立ち止まり、マリークの前に手を出した。突然の制止に転びそうになった彼を受け止めると、声を出さないようにと口をふさいだ。そして木の影に隠れ様子を窺った。
目を細めて次第に明るさに目を慣れさせると、そこにはマリークの持っている筒状の、銃の砲身のようなものが何本も束ねられたものが付いた箱を抱えたジューリアが立ちはだかっているのが見えた。たくさんの筒はギラギラと光り、狙いすました糸が伸びているかのようにこちらを向いている。
手に持っているのは兵器であり、生半可なものではないとすぐにわかった。険しい顔つきで崖のようにそれを構える異様な姿が目に焼き付いてしまった。
「マリーク、いいですか? あなたはここにいてください。そして、もしもに備えて常に銃を構えていてください」
私は彼の返事を待たずに、剣の柄をジリッと音を立てて強く握りなおした。