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真冬の銀銭花 第一話

 よく日の当たる部屋の窓辺に立ち、グラントルアの景色を眺めている女性がいる。


 何度も見てきた知っている後ろ姿だが、前に会った時よりもどこか丸いような、決して太ったわけではなく、穏やかな雰囲気がある。ギンスブルグの家から与えられたユリナの服のせいもあるのだろう。コルセットもなく引きずるほど長いドレスのようなスカートでもなく、襟元までしまったブラウスを着ていて女性らしさがある。転生した俺たちから見れば近代的な服装だ。


 今日はよく晴れていて見通しがいい。冬の日差しは穏やかで、温かい室内に空気の対流の影を揺らめかせている。


「元気か?」


 窓辺の彼女の傍まで近づくことができない俺は部屋の入り口から少し大きめの声で呼びかける。窓の外で部屋から漏れた声に驚いたシジュウカラがじーじーと鳴き、光の中へ飛んでいった。


「イズミですか。お久しぶりですね」と、呼び声に気が付いた彼女は鳥の遮るわずかな影の中でこちらを振り向くと、いくつかの小さな穴の開いたガラスの前に置かれた椅子に座った。


「これじゃまるで容疑者との面会だな」俺は部屋の中間に嵌められた冷たいガラスに手を当て、四隅を首を回して改めて見回した。会話と小物のやり取りをする小窓以外は隙間なくぴっちりと嵌められている。


「いえ、容疑者であることに変わりはありません。屋敷の女中部隊をはねのけてマリークを誘拐しようとしたのですから」


「そんなことないでしょ。マリークは自分の意思だって何度も言ってるよ。庇ってるわけでもなさそうだし」


 それを聞いたカミュは「そうですか」と少し下を向きふふっと笑った。


 元気そうではあるので俺は少し安心した。包帯ぐるぐる巻きで天井から足を吊るされて、くまのできたやつれた顔でもしているのかと心配だったのだ。屋敷の主人たちと同じ食事も与えられて、わずかに漂う残り香で食後のコーヒーももらえているのもわかる。監禁されていること以外はいつも通りのようだ。


「だいぶ大立ち回りをしたって聞いたけど」


 近くの椅子を引き摺りカミュの向かい辺りに移動しながら尋ねると、「いえ、ギンスブルグ家の方々には多大なご迷惑をかけてしまいました」と今度は少し悲しそうな顔になってしまった。


「とにかく、どんなだったか話を聞かせてよ。これから連盟政府側に戻ったら金融協会で始末書とか尋問とかがあるんでしょ?またしばらく会えないから、リーダーとしてね」


「まだ具体的な処分内容は決定していないようなのでわかりかねますが、おそらく戻れた際にはそうなるでしょうね」


「前にユリナにちょろっと聞いただけでイマイチよくわかってないんだけど、いつから誘拐に走らなきゃいけない状況になったワケ?」


「密航と言うことでイズミの移動魔法で一緒にここまで来た後からですね」


 そんなに前から話すのか。思わず、おっ、と仰け反ってしまった。


「……そんなに前から話すなって思いましたか?」とにわかに拒否したような俺の反応を見たカミュはしかめている。


「その時にはすでに連盟政府からの指示は出ていたのです。マリークを誘拐しろという指示は」



――



 イズミがマリークに銃を渡した翌日から金融協会の代表の私とルーア共和国四省長官たちとの協議は始まった。事態のレベルが高度なので、それに相当するレベルの役人たち、つまり四省長官クラスで話し合いが行われることになった。しかし、参加者は四省長官と私ともう一人いたのだ。誰が参加するのかは伝えられていなかったが、それはすぐに分かることになった。


 会議が始まる十分ほど前、ラウンジで円卓の会議室のドアが開けられるのを待っているとトップハットの男性がやってきたのだ。頬もこけていたり、目もやや飛び出し気味になっていたり、お世辞にも健康的ではない。初めて見る様な方だったが、私はその人を知っていた。


「アルゼン前長官、だいぶお痩せになりましたね」


 特別顧問としてアルゼン前金融省長官も参加していたのだ。やせ細った姿は以前の貫禄は見る影もなくなり、言い方は悪いが余生もあまり長くはないのだろうと肌で感じてしまった。


 私の呼びかけに気付くと、「ほっほ、君か、久しいな。長官選挙の際に数回あっただけではないか。よく覚えていたな」と干からびたように笑い返してきた。彼もどうやら私を覚えていてくれたようなのだ。


「それはお互いさまではないですか。こちらこそ覚えていただけて光栄です」



 しばらく談笑していると係員がやってきてドアを開けた。


 私は要件の時にだけ入ることになっており、その時初めて入った私はそこがルーア共和国の最高意思決定機関だと、長時間にわたって行われる会議の中で割かれた何十分の一かのわずかな時間の間に強く認識させられることになった。

 開けられたドアの中にはイズミがよく言っていた円卓が置かれてあり、そこに均等になる様に椅子が四つ(現在法律省と政省はマゼルソンが兼任しているためうち一つは空席)が置かれていた。

 閉塞した空間の中にいる六つの眼差しが一斉にこちらを向くと、威圧的な歓迎で私とアルゼンさんを迎え入れた。ユリナとシロークは屋敷にいるときとは明らかに雰囲気が違う。知り合いだと少し油断していた背中に冷たいものが流れるような気がした。これがエルフたちの頂点の持つ覇気である。

 部屋に入ってからも付いて回るその視線を背中に受け、円卓から少し離れたところに用意された椅子にたどり着くと、座る間も与えられず早速説明を求められた。



 これまで和平に向けた交渉で必要となった費用負担は、お互いの物はお互いがそれぞれ拠出していた。お互いにどのようなことをしているかは分からず、それぞれの国の貨幣価値も異なってくるので内情を知ることはなかった。

 しかし、連盟政府内で独立と称した叛乱が起きたため拠出金は負担になる可能性が浮上してきた。だが、ルーア共和国との和平交渉は継続の意向がある。もしここで出し渋れば長期化する可能性が高い。

 そのためお互いがかかった費用を公開共有し、貨幣価値を評価しあい、決められた期日の正午の時点での負担費用総額をルーア共和国通貨エケルと連盟政府主流通貨ルードでは同じ額と定め、それまでの各々の負担は平等とする。

 その後、遅くとも三か月以内(エルフでの四半麦年)の早期和平締結に向け連盟側は拠出金を増やし、内部での反乱が治まるまでは一時的に連盟対ルーアで7:3の負担となるようにする。



「とのことです。負担に差を出すことで両国にお互いの通貨が流れる動きを作り出すことも目的にしているようです。また額面上を同じにして民間に周知徹底することで交易、もちろんユニオンの海上交易ではない交易の活性化を目的としています。

 そして、イスペイネとストスリアを中心とした反乱軍との接触はいかなる形でも両国に危険をもたらすので、くれぐれも足並みを乱すようなことはしないでくれ、とのことだそうです」


「やぁれやれ」とアルゼンさんは眼鏡をはずすと目頭を押さえた。「それは冗談で言っているのかね? シローク、君も気づいているのかね?」


 なにやら私の話を聞いて呆れかえったような反応だ。


「もちろんです。昨日報告を受けた時点で気付いていました。会議の場で正式に返答すると彼女には伝えてあります」とシロークは腕を組んだ。


「どういうことですか?」

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