マルタン侵犯事件 最終話
マルタン領空侵犯事件から一週間後の早朝のことだ。
突如、五大家族と各省長官たちとの会談が行われることが公表された。その日に会談が行われることを知っていたのは共和国四省長官とその一等秘書官、ユニオン側は五家族の頭目たちだけであり、部外者である俺とティルナは前日の深夜に他言無用と再三念を押された挙句に知らされた。
ティルナには、半年以内に調整を開始すると言う、嘘ではない情報を掴ませてヴィトー金融協会に報告させた。連盟政府筋にはそこから情報が行っただろう。協会内部にいる政府金融担当官(金融協会の職員だがほぼ連盟政府の公務員)から、協会関係者としてティルナを同席させるように指示を出してきた。従わない場合は協会への敵対行動と認めて何かしらの金融的制裁を加えるそうだ。
彼らは息巻いているが、その点では問題はない。やはりまじめでいい子のティルナは金融協会の中でもだいぶ信頼が厚いようだ。
本来なら知らされるはずもない俺がなぜ正確な日時を知らされたのかは、頭目たちの送り迎えのために移動魔法を使うためだ。移動魔法のポータルを使えば、機密性と安全性が確保される上に、一瞬で目的地に向かえる。そうして極秘のうちに準備を進められてきた会談は、グラントルア評議会議事堂の四省長議室の円卓で秘密裏に行われた。
午前中から始まった会談は、まずユニオン側の非武装飛行船の誤撃墜について謝罪から始まり、そして、共和国側も領空侵犯が誤りだったことを謝罪した。その後は今後の二国間の関係についての話し合いとなった。
アルバトロス・オセアノユニオン側の要望は、互いに不可侵で有事の際には協力体制を敷くことであり、共和国側の要望は、経済協力と交易のさらなる活性化、そして飛行船撃墜の見返りとして技術供与を申し出た。
科学技術では共和国側の方が圧倒的に先進的なはずだが、求めた理由としてはおそらく飛行機の技術を得るためだろう。死傷者がゼロであったが、マゼルソンの思惑通り爆発の規模を見て被害甚大とユニオン側は捕らえたようで、ある程度の形式的な抵抗はあったものの合意に至った。
そしてカギとなっていた調査団の受け入れは、共和国側の提示した人数が二人だけと言う規模に拍子抜けして、ユニオン側はすぐに受け入れを承諾した。それに犯罪者の引き渡しも双方が同等に行うことも明記されていた。
昼過ぎには双方が円満な結果が得ることができたようで、文書に調印が成された。エスパシオ大頭目とマゼルソン長官が二人で署名調印文書を持ち、その周りを五家族と四省長官が並ぶ様子が“写真で”記録された。共和国側でいつの間にやら開発されていたようだ。ご家族たちはその技術に戸惑いを見せていたが、技術供与の際に与えられるので興味を示していた。
忘れてはいけないのが、ルーア共和国と連盟政府はまだ和平交渉の最中だということだ。そのためか、会議の中では和平交渉と言う単語は一切使用されることはなかった。書類にも和平についてはもちろん書かれていない。だが、二国間の首脳たちの間では事実上和平合意に至ったに等しいのだろう。
共和国の“ザ・ルーア(旧ザ・メレデント)”とユニオンの“マリナ・ジャーナル”の各新聞社は、会談翌日の朝刊に二人で書類を持つ写真ではなく、その代わりに円卓で話し合う様子を掲載した。(協会へのアピールのためにティルナが一部写っている)。見出しには現状維持と書かれていたので、お互いに連盟政府の顔色を窺ったようだ。
それから、アルバトロス・オセアノユニオンと友国学術連合の関係性にも変化が現れた。
突如空から現れた恐怖の象徴である飛行船を素早く動くアホウドリたちが守ってくれたという話は瞬く間に広がり、友学連のユニオンに対する信用度が上昇したのだ。共和国は国旗の付いた飛行船を飛ばしていたが、その大きな化け物が共和国のものであると疎い民間人は気が付かなかったようだ。
そしてマルタンの民間人の間の噂話は、いつのまにか空を飛んでいた飛行機はアホウドリであったと広まっていた。民間人の認識ではアホウドリ=アルバトロス・オセアノユニオンという図式が出来上がっているので、信頼の上昇に一役買ったのだ。ここであれは飛行機という物だと、事実を述べても空を飛ぶのは禁忌だと教えられている彼らには通じないだろう。空気の読めないことはしない。
さらに、友学連に対する圧力を高め連盟への復帰を強要してきた連盟政府離れが加速した。
その結果、信頼度の上昇にとどまることはなく、最終的に友学連はユニオンの従属国となった。有事対応が遅く国としての未熟さが露呈し、ユニオン側も自治を認めたので友学連内部での反対はなかった。
最終的にユニオンは友学連の大規模な領土を得ることになり、連盟政府と規模の変わらない一つの大国となってしまったのだ。
ひと段落、したわけではない。
つかの間の休息で俺は頭を抱えた。疲れているのだろう。最近は体がむくむことも多くなった。
自分のしていることが常に逆行している。それに苛まれることになった。
何かあると、無理やりな形でそれを収めてきた。だがそのすべても結局は付け焼刃の思い付きの行き当たりばったりでしかない。それが何を生んできたか。世界全土を不安定に陥れ、強大な力を持つ大国が二つではなく、三つになってしまった。
この程度で俺は争いのない世界など実現できるのだろうか。
むくみの取れない足を眺めた。