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マルタン侵犯事件 第二十四話

 エスパシオは感情が沸点に達したようだ。普段少ない表情からは考えられないほどに青筋を浮かべている。


 勢いよく立ち上がり、「一市民の癖に私を愚弄するのか! いいだろう! ティルナ、そいつを捕らえろ!」と俺を指さして口角泡を飛ばしている。ティルナは何が何だか分かっていない様子で、両手を胸の前に出して俺とエスパシオを交互に見ておろおろしている。


 食い下がるわけにはいかない。


「やって見せろ! 国家未満のおこちゃまボンボン元首が! イスペイネの由緒ある長い歴史はあんたでオシマイだ! はははは!」


 しかし、カリストが口を覆っていた手をどかすと、


「やめなさい!」


 と大声を上げてテーブルを思い切り叩いたのだ。


 バーンと音がすると、部屋は静まり返った。テーブルから落ちた書類が地面に落ちるかさかさと音が聞こえる。その中でカリストはゆっくり目を閉じた後、


「私からすれば君たちは二人ともガキだがな。さて、……エスパシオ大頭目、もしかして君は彼に昔話をしたのかね?」


「言ったところで何も変わらないだろう。ただの昔話だ」


 それを聞いたカリストはエスパシオを見ると大きく肩で息を吐きだした。


「君も知らない話だろうが、実はそれをあまり口外すべきではなかったようだな。またしても勘のいい彼に握られてしまったようだ」


「どういうことだ? カリスト頭目?」とエスパシオは困惑した表情でカリストを見た。


「この流れでわからんかね? ……いや、少々気づくには物足りないか、やれやれ」とカリストは言うと、テーブルに肘を載せ前に体を突き出した。


「イズミ殿の言う、五家族、特にその始祖の直系たるエスピノサ家はダークエルフの末裔であることは事実なのだ。尤も、人間と混血を繰り返し残ったのは褐色の肌だけだが」


 その言葉にエスパシオは驚いたのか、目を見開いて立ち尽くしてしまった。


「受け入れがたいかね? だが、もうこうなってしまってはすべて話すとしよう。エスピノサ家頭目だけが知る過去の話だ」



 連盟政府など誰も知りもしないほど昔の話だ。鳥類信仰すらなく、目に見える奇跡である魔法も発展しておらず、人間にはまだ二つの宗教があったころだ。


 そのころの人間は互いに互いを侵略し合い、人間の住む大陸だけでは飽き足らなかった。その結果、川を隔てるほどの距離しか離れていないが、前人未到だったエルフの土地にまで侵略をし始めたのだ。海を渡ることはできなかったために、川沿いに進み結果的に当時のエルフの国の北西部にまで侵攻していた。


 そこで人間たちがダークエルフの船を一隻拿捕した。その船の航海士がマルであり、その妻であるケ・カイ・ラがいた。そのまま連れ帰ろうとしたが、運悪く近くにある火山が破局的な噴火を起こしたのだ。


 人間たちがそれに立ち往生し、本土からの補給も止まり疲弊していたところに、船から逃げ出したエルフが仲間を率いて現れたのだ。

 次第に西の海沿いに追いやられてしまい、ますます孤立した。川沿いに戻ろうにもエルフたちが待ち構えていて戻ることができなかった。


 その時にマルが私たちの祖先を憐れんで航海術を教えたのだ。火山の噴火も収まり、灰が降ることも減って、それを覆いつくしていた煙もわずかにうすくなったころ、目印である星を頼りに北に進み人間の住む大陸に戻ることができたのだ。


 そして行きついたのがラド・デル・マルのできる場所だったのだ。ラド・デル・マルの街はイスペイネの言葉では「海を渡る民」という意味だが、ダークエルフたちの言葉では「マルの行きつく港」という意味がある。


 それから二人は讃えられた。しかし、エルフと言うことで人目につくことはできず、広い邸宅内で自由に過ごした。今現在、カルデロン本宅として使っているところだ。


 エスピノサ家の紋章である王冠を被ったコウノトリであるが、その王冠には七つの宝石が付いている。


 王冠そのものが意味するものは、水平線を取り囲む霧星帯であり、装飾に施された7つの宝石は星魚(カフア)を示している。その宝石の中でひときわ大きく、一番高い位置にあるものがニイア・モモナ、つまりナイ・ア・モモナだ。



「これが、エスピノサ家の頭目だけが知る昔話だった。だが」


 古典復興運動の始まる前の段階でエスピノサ家の歴史学者が北部からもたらされたある文献でそれを見つけてしまったのだ。すぐに頭目である私の耳にも入ったが、誰一人それを笑い話としてしか受け止めなかった。

 それをいいことに私は始祖の秘密を永久に消し去ろうとしたのだ。そして他に秘密が記されていないか書物を集めさせて研究をさせた。それゆえに様々な文献がイスペイネに集まることになったのだ。だが幸いに見つかったのはほんの少数で、その書物を焼き払った。


 しかし、その書物があったことで誰かが知るという“これから”を焼却できても、すでに読み増やし伝えてしまった“これまで”は焼却できない。

 もしそれを誰かが、私たちが見つけ出す前に、連盟政府の誰かがすでに読んでいたら? 過去文献の参照は禁じられていたとしても、見る者は必ずいる。遅かれ早かれ追及を受けることは間違いないのだ。


 そうなったとき、エルフの国家であるルーア共和国との関係性が良好であったならば、不要な争いの火種になることは防げる。しかし、もし敵対していたら? そう考えると恐ろしいのだ。

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