マルタン侵犯事件 第二十三話
アルバトロス・オセアノユニオンの飛行機基地の場所は行ったことがない。そもそも飛行機を秘密裏に開発していたのを知ったのはさっきで、どこにあるかも知らない。
だがこれまで見てきたが、それがあることに疑問を抱かなかった赤白の吹き流しの場所を目印に人の気配もないのに不自然に新しい轍のできた道をたどり、街から離れて海沿いにしばらく歩き続けると、開けた場所にでて滑走路をすぐに見つけることができた。
聞いたことのあるプロペラ音が聞こえ始めたので、ふと見上げると覆いかぶさる木々の葉の隙間から飛行機たちが上空を飛んでいく様子が見えた。見たことのある機体の色と形、全部で五基とおそらくティルナ達だろう。マルタン上空からの飛行時間はどれほどだろうか。距離があったので時間がかかったのだろう。タイミングよく帰投してくれたようだ。
こそこそ忍び込むのは馬鹿馬鹿しい。少し気が大きくなっているのは感じるが、俺は開翼信天翁十二剣付き勲章持ちの、イスペイネ、いやアルバトロス・オセアノユニオンの英雄ぞ、とわざと目立つように道の真ん中を進み、厳重に警備された空軍基地の門へ真正面から向かった。
武器を持った警備兵がわらわらと集まってきたが、開翼信天翁十二剣付き勲章をチラつかせると基地に乗り込むことに成功した。そこには当たり前のように蒸気自動車が走り回っていた。
それに驚いた様子を見せずに飛行機の駐機施設まで案内しろ、とおそらく基地の責任者に言うと、少しギョッとしたようになりすぐさま蒸気自動車で連れて行ってくれた。
駐機施設の前には帰投したばかりで着替えてすらいないティルナがいたので、車を降りるや否や、ずんずんと彼女に迫った。髪をなでおろして一息ついている彼女は俺を見ると笑顔になり手を振ってきた。呑気なものだ。
表情を変えずに彼女へ歩み寄り、近づくにつれて引きつり始めた彼女の腕をぐっと掴むと、すぐさまカルデロン本宅へのポータルを開いた。それと同時に無理やり連れて潜り抜け、そこで彼女を盾に使用人を顎で使い、カリスト頭目と会談中の会議室に乱入しエスパシオ大頭目に面会をした。五家族の上位二家族がこの場にいるならちょうどいいと思い、エスピノサ家も話を聞かせることにした。
会議中だ、と鋭く注意されたが、それを無視して俺はエスパシオを睨み返し「撃墜された飛行船は共和国の民間人の物であり、全くの非武装だった」と伝え、ティルナに戦闘の状況をすべて報告させた。(死傷者についてはあえて何も言わないことにした)。
もちろん、飛行船は一切の攻撃をしなかったということも含めてだ。そして、俺は慌てふためいたふりをして、共和国権力者たちは誤って領空侵犯したことはこちらの落ち度だと認めたが、無抵抗の飛行船を撃墜したことへの怒りをあらわにしていて、会談に応じなければすぐにでも進軍する意向を固めている、総力を持ってアルバトロス・オセアノユニオンだけとの全面戦争へと突入する、と若干の嘘を交えて伝えた。
「ティルナに、空軍に指示を出したのはあんただろ?」
「確かにそうだ。共和国に、エルフに人間の空を蹂躙されるわけにはいかないからな。仕方ないだろう。教えなどもはやこだわってはいられない。人間たちに迫る危機なのだ」
「こうなったのもあんたらが無駄に上からものを言ったからだろ?」
「上から?」と困惑した表情を見せると「違う。私たちは上なのではなく彼らより優れているだけなのだ」と言い放った。あきれ返る物言いと態度だ。
「やっぱりあんたたちは未熟だな。俺は共和国で色々見てきたが、交渉の場にすら着かないのは国として未熟な証拠だ。聞き分けのないガキが手綱を握る国なんざ、クソくらえ」
カリストはやれやれという様な顔をし始め、テーブルに肘をつくと掌で口を覆った。厄介ごとを持ち込み負って、私は関係ない、という態度の時にするいつものしぐさだ。視界の隅に見えていたそれに少しムッとしてしまい、彼の方を向いて話を振った。
「カリスト頭目、あんたももはや無関係じゃないぞ。あんたが俺に調査団の受け入れに対して寛容なの伝えたのは、メレデントの亡命の手引きをしたのはあんただからなんじゃないのか?以前の政治体制とどんなつながりがあったんだ?」と言うと、カリストはむぅ、と声を出すと「そら見たことか……。だから応じろと」とエスパシオの方をちらりと見てつぶやいた。
「それに、俺はあちこちで話を聞いて思ったことがあるんだ。あんたたちの先祖はもしかしたら同じなんじゃないのか? あんたたちは航海術を与えてくれた先祖と殺し合いをするのか?」
睨め付けるようにそう言うと、エスパシオは手を力強く握った。そして、「なぜ、そう思った? 私たちを侮辱するような思考に至ったのか、わかりやすく説明したまえ」と怒りを隠しているのか早口になった。
「俺はユニオン、共和国でそれぞれ昔話を聞いてきた。その話の一人の青年と七匹の魚、一人の青年と七人の船乗り、ナイ・ア・モモナとニイア・モモナ。旅の目的が女性を助けるためであること、怒れる山という噴火をしめすもの。エルフと人間が断絶していた割に昔話が似通い過ぎてる。
それだけじゃない。航海術に星を使うことだ。そしてそのカフアだ。ニイア・モモナって言うのは、共和国ではナイ・ア・モモナって呼ばれているんじゃないのか?」と言うと、エスパシオは笑い出した。
「情報が少ないな。君がいったところで誰が信じるかな?」
「いや、真実である必要はないんだよ」と俺は彼の言葉を遮った。するとエスパシオは笑うのをやめて睨め付けてきた。
「これだけ揃っていれば嘘でも、国民感情をコントロールするには、ユニオンに対して不信を抱かせるには十分だ。ユニオンに圧力をかけたい連盟政府は粗を探しているはずだからな」
「君は和平を目的としたのではないのか?」
「最終目標はな。だが、まともに手綱を握れないガキが無駄に火の粉をふりまこうとするなら、いっそ潰したほうがマシだ。黙ってはいたが、あんたたちの一方的な独立も正直を言えば迷惑この上ない。何度も言うが、聞き分けのないガキが手綱を握る国なんざ、クソくらえだ!」