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マルタン侵犯事件 第二十話

「どうしたんだ?」


「マルタンが領空侵犯を受けたと連絡が入り、助けに参りました!」


 キューディラから聞こえるティルナの声は、ユリナの時と同じように何かの回転音で阻まれている。だがその音はユリナのそれとは違い力強く、バーッと連続的で途切れることがない。まるで強い風を起こしているようだ。


「話し声が聞こえづらい!」とキューディラから浮かび上がる光に顔を近づけ、声を上げた。すると回転音は少し聞こえなくなり、ティルナの声が大きく聞こえた。


「イズミさん、民間人の避難協力ありがとうございます! ここからは私たち、アルバトロス・オセアノユニオン空軍が引き受けます!」


 今なんて言った? 空軍!?


 割れた音のせいで聞き間違えたのかと思い、聞き返そうとしたその時だ。後方から何か低く響くような轟音が聞こえ始めた。それは一つ二つではなく、いくつもあるように響いている。


 そして、次第にティルナのキューディラから聞こえていたはずの途切れなく力強い回転音はいつしかノイズがなくなり始めた。轟音ははっきりとした回転音になり、自分の周りを包むあたり一帯の空気を大きく震わせて直接鼓膜に届いていたのだ。


 背後の後方に感じる気配ははるか遠くにあるはずなのに、嫌な予感を俺に与えた。


 まさかと思いたいが、なぜかこれまで断片的に見てきたバスコの実験が頭の中を駆け巡る。


「ティルナ、待ってくれ。もう必要ない。話はついた。俺が何とかすることになっ……」


 しかし、間近に迫り大きくなった回転音に俺の言葉虚しくはかき消されてしまった。そのあまりの音の大きさに聞こえてくる方角へと俺はついに振り向いてしまった。


 地平線の先にわずかに見えていたはずの、羽を開いた鳥のような姿の影は瞬きを許さぬ速さで大きくなり、視界いっぱいに広がった。

 プロペラの巻き起こすその風は俺の周りを吹き荒れて、日の当たる草地に緑の光りの大波を起こす。飛んできたそれが頭の上をかすめた刹那、おもわず顔を覆った腕の隙間から覗いた太陽の中に、羽を広げた逆光のアホウドリが見えた。


 バスコが研究室でしていた実験はやはりこれだったのか。あれは滑空するための風洞試験だったのだ。


 アルバトロス・オセアノユニオンの国旗の色である瑠璃紺の機体、それは明らかに飛行機だ。五つの機体が並び、V字を作っている。


 誰かが持ち込んだものでもなく、そして、人の発想によるものであり決してオーバーではないそのテクノロジーが頭上を駆け抜ける光景に思考が止まってしまった。


 口を開けたままそれを見ていると、その先頭の一機が編隊から外れて大きく旋回をしてくる。高く飛び上がり、機体が日光を一瞬だけ遮り、こちらへ向かって飛行してきた。

 インメルマンターンの後に二つある操縦席が見えるほどの距離になると、前席に座る人の姿はティルナで、親指を立ててウィンクをしたように見えた。そして俺に伝わったことが分かったのか、すぐさま速度を上げて隊列に戻っていった。


 突然の出来事に言葉を失っていると、まだつながったままのキューディラがノイズの中のわずかな音声を拾いあげる。


「……機、迎……撃ち堕と……」


 ノイズに混じって聞き取りづらい。だが何をしようとしているのか、それだけでわかる。共和国の飛行船を撃ち落とす気だ!


 足腰の力が奪われそうになったが走り出し、俺はこちらに振り向かせようと手を振って叫んだ。


「ティルナ! 待て! 撃つな! やめろ! 頼む! やめてくれ! もう必要ない! 俺が、俺が何とかする!」


 だが虚しく声は響くだけで、ティルナには届かなかったようだ。走って追いかけるも低く飛び去り蜃気楼を揺らす飛行機たちはもう点と線になるほど遠ざかり飛行船へと向って行く。


「クソ! ユリナ! 逃げろ! ユリナ!」


 声を届けられないティルナはもう止められない。ならばユリナを逃がすしかない。慌ててキューディラを開こうとしたが手が震えてうまく操作ができない。焦りで滑る掌でユリナを探し出して呼び出すも、彼女は応えてくれない。まごついているうちにティルナたちは飛行船を市街地まで誘導し、ついに攻撃を始めてしまった。


 飛行船の周りには隊列を組んだまま攻撃態勢に入り、縦横に飛び回るティルナ達の機影が見える。しばらくすると飛行機の尾部銃手が魔法攻撃を繰り出しているのか、幾筋もの光の線が飛行船へ伸びていくのが見えた。だが、攻撃を受ける飛行船は飛行機に対して反撃をする様子を見せない。俺は必至でユリナに呼びかけた。


「頼む! 頼む! 頼む! 繋がれ繋がれ! 逃げろ! やめてくれ!」


 だが、虚しくつながることもなかった。


 限界を迎えたのか飛行船は機関部に被弾し、ついに爆発を起こしてしまった。舵を失ったそれは風に流されはじめている。すぐにコントロールを失ってしまったようで、わずかでも回避行動がとれなくなっていった。


 そしてついに後方の気嚢にも被弾してしまったようで、炎を上げながら地面へと向って行った。


「おい……おい! おい、待て! 待て待て! やめろ! やめてくれ! ユリナ! ティルナ!」


 だが、キューディラは最後までつながることはなく、浮力を失った飛行船は地面に激突し大爆発を起こした。


「ユリナァァァァ!!」


 辺りが暗くなるほど爆発を起こし、遠く離れているにもかかわらず熱で顔が熱くなるほどだった。煙をもうもうと上げて、何度も爆発を繰り返したのだ。放たれた熱で金属の骨組みはくたくたと折れ曲がり、まるで溶けていくように船体はつぶれていった。

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