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マルタン侵犯事件 第十九話

 使用人に状況を見せ、すぐに頭目に知らせるように伝えた。すると彼女は走り出し屋敷の他の使用人も集めて出て行った。

 俺はオージーを呼び出した。彼は移動魔法のマジックアイテムを持っていたはずだ。状況を話すとすぐに現れて住民の避難の指揮を執ってくれた。そして、今度はティルナにつなぎ、取り急ぎエスパシオに状況を説明するように指示をした。大頭目に言えば、五家族の力で避難に協力するはずだからだ。


 俺も指示出しばかりではいけないと思い、住人たちを避難させるべく街の中心部へと向かおうとした。しかし、動き出そうとするとキューディラが鳴った。ユリナだ。


「ユリナ、あんたどういうつもりだ!」


 止まってはいられないので、走りながら応答した。俺の息は上がる一方で、キューディラ越しのユリナはのんびりと応えた。


「どうもこうも、こういうことだぜ?」


「これは宣戦布告だな!?」


「そう言うとり方もできるなァ。だが、生憎この世界にはまだ戦時国際法がねぇ。おっぱじめるときにする必要もねぇだろ?」


「頼む! やめてくれ! 民間人を巻き込むな!」


「わりぃがそれは出来ねぇ。私たちには魔石が必要だ。それを得るために行動に出たんだ。そもそもアルバトロス・オセアノユニオンも和平交渉に一切応じないってことは宣戦布告みたいなもんだろ? オメェも前言ってたじゃねぇか。和平交渉に応じないのは宣戦布告みたいなもんだって」


 確かにそう言ったし、俺自身そう考えている。わがままなのはわかっているが、実際にこういう状況にされると理不尽で仕方ない気がするのだ。瞼を強く閉じると悔しさがこみあげてくる。

 だが、今回はユニオンと共和国の話のはずだ。ここ、マルタンは友学連の領土だ。


「じゃなんで友国学術連合のマルタンに来るんだ!?」


「そら、国力で言えば友国学術連合なんざ大きいだけで寄せ集めのレジスタンスと変わらねぇからだよ。アホウドリの連中も国としては未熟だが、団結力と戦闘力は尋常じゃないからな。魔石はそっちじゃ砂利みたいにあっちこっちで手に入るんだろ?」


「だからってなんで、こうなるんだよ!? すぐ戦争を始めたがる!?」


「すぐ? 私は国家の最高権力の一角として、アホウドリたちと交渉を重ねた。しかし、時間だけが無駄に流れて物別れだ。私も戦争は避けてェし。避けなきゃいけねェ。だがなぁ、国民を守るために国家の最高権力の一角としてこうやって空を飛んでんだよ。それだけ魔石は重要で、ひっ迫してるってことだわ」


「まさか、攻撃したりしないよな?」


 すぅーと鼻から息を吸い込む音が聞こえた。そして、「……どうだかな。お前次第だな」と試すような沈黙の後、笑った。


 以前、シロークのお迎えにこちら側に来たときは、俺たちを強烈な攻撃を仕掛けて殴り飛ばしたが、それでも目立たないようにはしていた。

 しかし、今回は上空をこれ見よがしに飛び回っている。まるで目立つことを目的としているように。状況次第ではおそらく攻撃も辞さないつもりだろう。ユリナのこれまでの行動を思い出せば容易に想像がつく。どれだけぶっ飛んだことをしていても、彼女の脳内は常に冷静なのだ。その彼女が含みを持たせて言うのはそういうことだろう。


「待ってくれ! な、何をすればいい? 魔石を、魔石を何とかすればいいのか!?」


 それで何とかなるはずだ。焦りで減った回転数をフルに回して脳内の浅瀬をさらった。


 まずはカミュに……いや、ダメだ。彼女は協会での任務に失敗、ギンスブルグ邸で拘束されていてそれどころではない。レアは、ダメだ! 彼女にも頼めない!


 その他の大きな力は、シバサキか? それは不可能だ。ユリナの仇のようなものだ。俺自身もできれば関わりたくない。選択肢に入れようとしたことすら不愉快だ。


 ではどうすればいい。もう当てがない。この三年間何をやっていたのだ。自分の無力さに腹が立つ。でも何とかしなければ、共和国の進軍を止めることができない。


「ユリナ、待ってくれ。すぐには、今すぐには無理だが、必ずなんとか、何とかしてみせる。だから、手を引いてはくれないか!?」


 あやふやな逃げ口上では何もできないが、それしか言うことができないのだ。


「具体的じゃねぇなァ。完全にはっきりさせろたぁ言わねぇが、もうちょっとはっきりさせろ」


「うっ、くっ、頼む。何とかする。ドブに頭を付けてでもなんとかする。だから、頼む」


「だーかーら、何をどうするかはっきり言えって。どこから運んでくるんだよ? ドブに頭突っ込んだらケツから羊のクソみたいに魔石が出てくんのか?」


 誰にも頼れない。どうすればいい? 連盟政府の倉庫から盗めばいいのか?そう言うわけにはいかない。共和国にとって恒久的に必須なそれをこれからずっと盗み続けるなんてのは不可能だ。


「黙っちまったな」と何かないかと探ることに夢中になり沈黙してしまった俺に、ユリナはゆっくりと口を開いた。

 そして「まぁ安心しろや。共和国にある魔石のストックはまだ十分にある。持って半年だな。それまでに何とかしろ。てめぇは共和国のために色々動いてくれた。その実績を買って信頼して任せてやる。

 だが、逃げたりバックレたりしたら地の果てでも殺しに行く。いや、それより人間側と全面戦争に入るほうがオメェにとっちゃイヤか。そのついでに殺すことになるだろうーな」と落ち着いた声色で言ったのだ。


「それは、つまり、ユリナ、手を引いてくれるのか?」


「まぁいったんはな。信じてやるよ。やって見せろ」と大きくため息をついた。


 助かった。とにかくこの場は何とか収めることができた。


「わかった。やり遂げる。ありがとう」と言うと、キューディラが切れた。それと同時にマルタンの街の上空を飛んでいた飛行船は回頭を始めた。


 とにかく、止めることはできた。だがのんびり休んでいる暇はない。


 だがどうすればいい。大手商会二つにはもう頼むことはできない。金融協会も伝手がない。まだ半年あるととるか、半年しかないととるか。まずは魔石の精製法を知ることにしよう。空を見上げて、共和国側へと帰っていく飛行船を見送った。



「イ……さん、お……せ……た! 助……に来ました!」


 突如キューディラが鳴り響くと回線が割り込んだ。音はノイズにまみれて聞こえづらい。どうやら女性がしゃべっている様子だ。


「イズミ……、応答……さい!ティ……です!」


 今度ははっきりと名前を読んでいるのが分かった。どうやら以前あった他の回線の混線ではなさそうだ。


「誰だ?」とキューディラを前にかざして応答すると、驚き喜ぶような息遣いが聞こえた。


「応えた! 私です! ティルナです!」

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