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マルタン侵犯事件 第十八話

 監視の目は以前の軟禁よりも厳しくされ、情報も安易に手に入れることができなくなった。


 さて、どうしたものか。迂闊に動くことができないのだ。


 別宅ですることもなく、ダイニングでぼんやりしていた。今日の監視役は別宅の使用人たちのようだ。これまでは気配を消していたが、監視という役割を与えられたせいなのか、ここにいるぞと言わんばかりの気配を漂わせている。


 こう暇になると色々なことが目に付くようになる。自分自身の体のことだ。なぜか知らないが最近は足が特にむくむのだ。この辺りの食べ物はしおっけが強いからだろうか。


 こんなことでいいのだろうか。いや、いいわけがない。


 しかし、こういう事態には何度も遭遇してきた。できれば何もない方がいいのだが、こんな世の中だ。どうせすぐまた何か起こる。どうしようもないものはどうしようもない。何か起きたら考えよう。

ふとスリッパの脱げた足を見ると、靴下に穴が開いていた。よく見れば爪も伸びている。


 爪を切ろうと近くにあった古新聞を一枚持ち上げた。タブロイド判より一回り小さいが、十分な大きさだ。靴下を脱いで立膝になり深爪巻き爪にならないように切る。


 切りながら足元の新聞に目を落とし、何気なく内容を読み始めた。“マリナ・ジャーナル”11月3日朝刊。“アルバトロス・オセアノユニオン独立。新たなる時代へ”


 ぱちん。


 親指の分厚い爪を切った時、違和感を覚えた。切り落とした爪がゆっくりと新聞紙の上に落ちていく。


 新聞紙……? なぜ新聞があるのだ?


 タイトルを再び見ると、“マリナ・ジャーナル”だ。共和国にはそんな新聞社はなかったはずだ。


 カトウが以前、元勇者が新聞を扱うとか言う話をしていたことを思い出した。つまり、これは元勇者たちが立ち上げた新聞社なのか? それにしては作りがしっかりしている。

 摘まんだ親指と人差し指でつねるとよくある新聞紙の埃っぽい肌触りだ。紙質はよくある物だし、印刷もはっきりされている。内容は……読むのは面倒だが小さめの文字でびっちりかかれている。



 読んでみようかと手を伸ばした時にキューディラが鳴った。確認するとユリナだった。手紙を運ばなくなったので、この数日は顔を合わせることがなかった。それまでは毎日とっつき合わせていたので、少々久しぶりな感覚を覚えながら応答すると、「おーず、イズミ。元気か?」と軽く言われた。


 しかし、キューディラ越しに聞こえるユリナの声は聞き取りづらく、近くでゴウンゴウンと何かの回る音に阻まれて聞き取りづらい。


「暇だよ。知るか。つか後ろうるさくて聞き取りづらい」


 それにユリナは応えず、ふっふーんと鼻を鳴らした。


「どうするんだよ? 交易停止にされたぞ?」


「ああ、それな。困るんだよなぁ……非常に。社会のインフラが止まっちまうんだよ。まぁストックがあるうちは動けるがな。だから、動けるうちに何とかしなきゃなァ」


 ユリナがまたしてもふっふっと笑った。そして続けて、「あの街、なんつったかな? 確か、マルタンつったかな? 来てみろよ。面白いものがみられるぜ? うるせー理由もわかるぜ?」と言った。


「どういうことだ? 今軟禁されててでると怒られるんだけど」


「怒られるだけならいいじゃねぇか。これまでだってしこたま怒られることしてきたんだし、かわんねーよ。いったん切るぜ。早く来いよー」


 待て、と言う前に切られてしまった。


 とてつもない嫌な予感がする。早くマルタンに向かわなければいけない気がした。しかし、迂闊には出られない。

 キューディラが鳴り、ユリナと会話を始めるや否や、監視役の使用人が俺の気配を窺っているのだ。だが、妙な胸騒ぎがする。


 俺は使用人の方へとずかずかと詰め寄った。驚いて両手を前に突き出した使用人は二、三歩後ずさった。


「あんた、監視役だろ? 監視さえ外れなければいいんだよな?」と言って腕を掴んだ。


「ええ……、イヤ、まぁそうですけどぉ……」と困った顔をし始めた。


「ちょっとついてきて」と有無を言わさずに庭に出た。そして急いでマルタンへ向かうべくポータルを開く準備をした。



 しかし、マルタンの市街地の普段人気の少ない場所にポータルを開くと、それと同時に人が二、三人飛び込んできたのだ。彼らは突然目の前に開いたポータルに驚き転んでしまった。

 それからも何人か、飛び込んできて、あとからあとからつんのめり、このままでは将棋倒しになってしまう。その様子のおかしさに一度ポータルを閉じた。飛び込んできて芝生の上に転んでいる人に俺は尋ねた。


「おい! なにがあった!?」

「こ、ここはどこだ!?」と言うときょろきょろと周りを見回した。しかし、突然思い出したように空を見上げると「鯨だ! 空を飛ぶ鯨が! 神話の災厄の再来だ!」と叫んだ。


「どういうことだ? 何が鯨だ?」


 分からず俺は再び尋ねた。


「あ、あれ? いない。とにかく鯨が空を飛んでいたんだ!」


「よくわからない。だが、とにかく危ないんだな?」と使用人の方を見た。「マルタンで何か起きてる。俺はもう一度離れたところにポータルを開く。そして状況を確認してくる。状況によってあんたが頭目たちに知らせてこい」


 使用人に指示を出すと、彼女はうんうんと頷いた。

 そして再びマルタンへとポータルを準備し始めた。街中や人込みに開くとまたしても将棋倒しのようになってしまうので街から少し離れたところに開いた。


 開いたポータルの先には、緑の平原と街の様子が遠くに見えた。そしてそこから逃げ出そうとする人が見える。その人々は走りながらも時々振り返り、空を見上げている。ポータルを抜けて、手で覆いながらその視線の先を俺も見上げた。


 真冬の雲一つない空に白銀の気体。無風の空にそれは浮かんでいる。


 どれほど大きいのだろうか。回転音が遠いはずのここまで聞こえてくる。金床に四つ星の国旗が描かれたそれは飛行船だ。


 空を飛ぶそれを見たのは何年ぶりだろうか。誰にも支配されることのなかった空を飛ぶ姿は、あまりにも恐ろしく見えた。この世界では上空は魔界と同じだ。そこから現れたあの大きな鯨は、空を飛ぶものを見たことのないマルタンの住民からすれば神話の世界の魔物そのものだろう。


 ルーア共和国の国旗を付けた飛行船がマルタン上空を侵犯。それがどういうことか俺は瞬時に理解した。ルーア共和国が友国学術連合に侵攻を開始したのだ。

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