真っ赤な髪の女の子 第十話
しばらくたって街道を封鎖されて小麦の輸送が途切れた。小麦だけではなく、さまざまな物資の供給も止まり、孤立状態となったブルンベイクはこのままでは危機的な状態に陥ることになる。パン屋一同とバイトである俺で解消すべく現地に赴くことになった。
充実した日々の中で忘れていた戦争。この世界は今まさに争いの中にある。日々の中で訓練することに満足して、それだけが目的となり戦いを忘れるなどおこがましい。
訓練は怠らなかったが、戦闘は久しぶりだ。移動中の馬車の中で杖を強く握った。馬車の床をこつこつと片足で叩いてしまう。それを見ていたアニエスはすぐそばまで移ってきて座り直し「大丈夫ですよ。ずっとやってきたことをやればいいんです」と手のひらを重ねてきた。汗ばんだ手を触られるのは嫌だ。何か汚いものを触られているような気分になるからだ。
しかし払うことはできなかった。目まぐるしい変化の中にいる彼女だが、どれだけ変わっても失われないやさしさにまた甘えようなどと言う不届き千万な考えの自分が許せない。成果を見せなくては。特に応えずに力を込める。
トウヒの森の道は荒れ果てていた。なぎ倒された木、燃やされた木、どうしてこんな非道なことができようか。母親とアニエスが大事にしている木々を傷つけられていることがどうにも許せなかった。
「近いな」とアルフレッドが馬車を止める。ダリダは御者台に身を乗り出し双眼鏡で状況を確認している。覗くほどに顔は険しくなっていく。
「マズイわね。捕虜みたいなのがいるわ。それに人ね。あら、あなた、これを見てちょうだい」
そういうとアルフレッドに双眼鏡を渡した。覗く目がみるみる丸くなっていく。
「あれはカルル伯爵ではないか!」
二人のやり取り見ていても何がまずいのかわからない。カルル伯爵とは誰だろうか。アニエスに聞いてみた。
本名カルル・ベスパロワ。連盟政府発足以前からあるベスパロワ家当主。ブルンベイクを含める寒冷辺境領を治めていた。連盟政府発足時の当主が無能だったおかげでのらりくらり加盟でき没落することなく続いた家系。代替わりするごとに分離主義・タカ派の傾向が強くなり、それに伴い地方へ飛ばされさらに反発が強くなっていき、拘束前では保守派閥とは完全に険悪になっていた。加えてカルル伯爵は未だかつてないほどに超タカ派で領外とは裏腹に領内での支持は絶大だった。拘束後は完全に没落した。
とアニエスは言っているのだが何が何だかわからない。一つわかったことがある。俺は何が何でもあの元伯爵を救出しなければならないことだ。
ブルンベイク近辺の元領主といえばシバサキが落とした橋の件をなすりつけてしまった伯爵だ。わかった瞬間、心臓の鼓動が高まり、鼓膜まで振動させて聞こえるはずのない心音が外から聞こえてくるようだった。
「アルフレッドさん、申し訳ないですがここは俺に任せてもらえないですか?あの人はどうしても俺が助けなければならないのです」
「なにを言っているんだ、君は!成果を上げなければいけないのはわかるが、結果をもとめて死んでは意味がない!どれだけ憎かろうと落ち着きたまえ!」
「でも、あの人は、カルル伯爵は俺が助けなければいけないのです!その、理由は、言えませんが」
アルフレッドは腕を組み俺を睨みつけていた。やみくもに飛び込めばただ死ぬだけなのはよくわかっている。それを見越してアルフレッドが静止している。それでも伯爵は何としてでも俺一人で助けなければいけない。罪を犯した俺たちがのうのうと生きている裏で伯爵が罪を償っている。そんな状況が許せない。敵が憎いなどと言うことはもはやどうでもいい。ただ、彼を助けなければ、それだけだ。憎いやつがいるとすればそれは何もしなかったときの俺自身だ。
しばらくしてアルフレッドはため息をした。
「作戦を立てなさい。移動する気配が少ない」
「私も手伝います。イズミさんだけではまだ危ないです」
アニエスは俺を睨んだ。確かにアニエスがいれば助かる。でもそれでは本末転倒だ。
「イズミさん、あなただけで行くのは許しません」
アニエスは協力を断って向かおうとした俺の袖を思い切り掴み離そうとしない。放せと睨み付けると彼女はさらにするどい眼光で睨み返してきた。何が何でも手伝うつもりだ。
「サポートでお願いします。あくまでメインは俺で」
根負けしてそう言うと、力を込めていた手のひらが袖からするりと離れた。しわの付いた袖が元に戻る。
「いいでしょう。全力であなたをサポートします」