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マルタン侵犯事件 第十六話

 自室に戻りながら鳴っていたキューディラに応えた。このように連絡が入るのは初めてではなく、かけてくる使用人も把握しているので、「どうも、イズミです。ご連絡ありがとうございます。今から本宅の方に伺います」とろくに相手を確認せず事務的に返事をして一方的に伝えて切ろうとした。


 しかし、切ろうとしたときだ。


「ああ! 待ちなさい! 待ちなさい!」と初老の男性の声がした。いつもの使用人の声ではない。聞き覚えはあるが誰かはわからない。


「あの、どちらさまですか?」と伸ばしていた人差し指の動きを止めた。


「なんだ? わからんかね? カリストだ。エスピノサ家の頭目の」


 キューディラをかけてきたのはカルデロン本宅の使用人ではなく、なんとエスピノサ家の頭目、カリスト本人だった。しまった、と思い、相手が目の前にいるわけでもないのに頭を下げてしまった。


「し、失礼しました。わざわざご連絡ありがとうございます。どうなさったんですか?」


「イズミ殿の言う通り、会議は終わった。共和国側に渡してほしい書類もできている」


 それだけしか言わなかった。使用人に任せればいいものをわざわざ頭目から連絡を入れてくると言うことは何か個人的に伝えたいことがあるはずだ。それも五家族の前では言いづらいような内容なのだろう。キューディラに連絡入れてきた本人は、これまでのやり取りの中で察するに五家族の中で意見が少し違っているようなのだ。


 そうですか、と終わらせてしまうのは意地が悪い。それに相手は頭目だ。よほど大事な話に違いない。俺は一度椅子に座り、鼻から息を吸った。


「カリスト頭目直々に連絡いただいたと言うことは、要件はそれだけではないですね? 率直に申し上げますと調査団受け入れに対して寛容な様子がうかがえますが、何か関係ありますか?」


 んん、という呻り声のようなものが聞こえた。それにカリストは続けた。


「君は何かと勘がいいな。私は君の言った通り、調査団の受け入れは構わないと思っている。もちろん、エスピノサ家の頭目の仕事として厄介ごとを回避するだけではなく、五家族、アルバトロス・オセアノユニオンの利益も考慮に入れての話だ。そこで、四省長官に直接会う機会のある君には肌で感じたものをそのまま伝えてもらいたい」


「それではご自身で伝えてはいかがですか? キューディラも相手側は持っています。それに必要とあらば、自分の移動魔法で共和国側へお送りいたしますが?」


 すると、キューディラ越しにふぅーん、と聞こえた。おそらくため息をしたのだろう。


「……ぜひそうしたいものだが、そうもいかんものだ。大頭目が直接会うことを禁じているからな。王族である私とて逆らうわけにはいかない。代表者たる私がそれを破れば示しがつかない。それに五家族の足並みを乱すことになる」


「そうですね。わかりました。では、その肌で感じた物とはどう伝えればいいのでしょうか? 自分は鈍いもので」


「ふむ、では君は、調査団受け入れの議論を繰り返し行ってきた中を通して、五家族の中での私をどう感じたかね? それをそのまま伝えてくれ」


「全員が全員反対ではない、ということでしょうか?」


「君がそう思ったのであれば、そう伝えると良いだろう」


「かしこまりました。ですが、ご存じの通り駆け引きも話すのも下手です。意図はなくとも逆に捉えられる可能性を考慮しておいてください」


 するとカリストは笑い声をあげた。


「わははは、いや君なら大丈夫だろう。その駄々洩れの感情こそ大事なのだ。君が私を陥れようとして彼らに嘘をついても、嘘だとすぐにバレてしまうからな。偏った見方だが信頼しているぞ」


 悪かったな。見えていないこといいことに舌を出した。


「……信頼されていて何よりです。ではこれから書類を受け取りにカルデロン本宅へ伺います」


「うむ、待っているぞ」


 カリストがそう言うと同時にポータルを開いた。開いた先はちょうどカリストの真横だった。潜り抜けようとしたら、突然開いたポータルを口を開けたままぼんやり見つめている彼と目が合った。キューディラと彼の口の両方から「便利なものだな」と聞こえた。彼は眉と肩を上げている。



 その後も共和国とユニオンの手紙での話し合いは進んだ。双方の首脳たちの反応を見る限り、交渉の場に着くかどうかについての進展はみられることはなく、進んだとは言わないだろう。ユニオンは和平には以前から前向きではあるが調査団の受け入れは拒否し続けている。


 お互いに譲らず平行線をたどり、そうなると“しびれ”という物がお互いにキレ始めてくるのだ。それにより論調が過激になるのは目に見えていた。ユニオンは交易停止をチラつかせ始めたのだ。


 しかし、ついに共和国側が折れたのか、譲歩を見せた。調査団派遣後、被疑者がいれば即時捕縛し、以降の犯罪者取引については適宜と示したのだ。


 俺も言われるまでは気づいていなかったが、これまでは犯罪者取引については明記をされていなかったので、これは比較的重要なことではないだろうかと思った。しかし、ユニオン側は“適宜”ではなく、一切の引き渡しを行わないと要求した。

 それはつまり共和国側での犯罪者がひとたびユニオンに入ってしまえば、共和国は捕まえられず裁くこともできないとなるわけだ。司法的立ち位置が低くなることを示している。


 さすがに横暴が過ぎると感じた共和国は、調査団の受け入れについて会談の場を設けて直接交渉で決めようとユニオン側に提案をした。おそらく交渉に応じないという姿勢は国家として未熟であることを露呈させようとしたのだろう。ユニオンもさすがにこれを拒否することはないだろうと俺も思っていた。ポストマンの役割から解放されるとも思っていた。


 しかし、なんとアルバトロス・オセアノユニオンはそれさえも拒否したのだ。そして、半ば最後通告のような形で交渉の場に着くためには調査団派遣の中止が絶対条件であり、受け入れられない場合は交易を完全停止すると通告したのだ。


 ユニオンはいまや国家の一つだが、200年以上連盟政府に属していたので、一国家としての運営方法を知るものはほとんどいない。

 魔石の輸出停止というカードを信じ込み、それを切り札にし続けて自らに有利なように事を進めようとしているのは明らかだ。それを交渉のカードとして使うのは悪くはない。


 だが、国家としての未熟さがこの期に及んで露呈した。共和国側は旧体制の信奉者を野放しにするわけにはいかないので、それ以上の譲歩を見せることができなくなり、ついに引き下がれなくなってしまったのだ。

バキが面白過ぎるので、格闘シーンを追加することにしました。次の次の次の長編で拳を飛び交わせます。

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