マルタン侵犯事件 第十四話
ユリナと共に評議会議事堂に向かったが、連れ立って円卓の会議室には入ろうとしたらモアニに「今日は長官だけですよ」と止められてしまった。それから会議室前のラウンジで待ち続けることになった。
あまりにも長い時間待たされていたので周囲を見回していたら、遠くの方に地下へと続くドアが見えた。そこを見てふと忘れ物をしていたことを思い出した。フリッドスキャルフを移動魔法逆探知装置の台の上に置きっぱなしにしていたのだ。
気が付いたのが始まって二時間ほど経ってからで、そろそろ出てくるのではないだろうかという気がしていたので、取りに向かうのは後回しにした。
結局終わったのはそれからさらに二時間後で、十分取りに行けたなと後悔する羽目になった。会議が終わったのを確認した職員が集まってきて重たいドアを開けている。
彼らがストッパーでドアを重たそうに固定している横を、会議を終えやや怒り肩のユリナがどすどすと通り過ぎ俺の傍に近寄ってきて、ホレ、と書類ケースを渡してきた。
ワープロもない時代に会議をしながら書き上げるという荒業で作られた大事な書類なので最初こそは四省の長官が並び、恭しくこれを頼んだぞと両手で渡されたが、あまりの繰り返しになりついに無言でホイと投げ渡されるようになった。
眉間の皺は、今日は三本か。一本増えたな。会議後のご機嫌斜めもいつも通りだ。
俺は、ん、と共和国で書類を預かり、その場でルーティーンの如くユニオンのカルデロン本宅まで直にポータルを開いた。そちらもそちらで毎回所定の場所にポータルが開くと同時に、使用人が取りに来ることになっていた。
ポータルをわざと長めに開き、グラントルアの評議会議事堂の会議室前がはっきり見えるようにしながら、取りに来た使用人に書類ケースを手渡した。こうすれば直接会えますけど? という意味を込めて俺はわざとやっていることに気が付いていないはずがないだろう。
しかし、ちらりと背後を見ると、向こう側からモアニがへぇーと興味津々な笑顔でポータルを見ている。彼女だけが。へぁとため息が漏れてしまった。
いつものように俺が持ってきた書類ケースが使用人に運ばれエスパシオ大頭目の手にわたると、五家族の頭目たちがいつの間にやらわらわらと集まり始める。そして会議が始まるといつものように部屋から追い出されてしまう。
またしてもたどるのは平行線だろう。最近の彼らは何を話しているのだろうか。俺は共和国の会議だけでなく、ユニオン側の会議にも参加することも無くなった。となると、もはや移動魔法が使える安全で便利な手紙の運び屋でしかない。胞子ド〇イブを抜く宇宙で一番速い郵便屋さん。どこを目指しているのだ、俺は。
そして、再び長い間待たされるのだ。最初のころは話し合いが終わるまでは部屋の外に置いてある椅子に座って待っていたが、さすがに長時間になることが多くなってきたのでエスパシオ大頭目は気を使ってくれたようだ。終わり次第使用人を通じて連絡を入れるという形になった。日に日に長くなるということは、よく吟味されているのだと考えるようしている。
その日も、きっと時間はあるので移動魔法の使い過ぎで運動不足にならないように徒歩でカルデロン別宅に戻り、ダイニングで会議が終わるのを待つことにした。
ティルナは金融協会の業務で支部に出かけており、オージーもアンネリもシスネロス家の研究所に(子連れで)行っているので、昼間に別宅にいるのは数人の使用人だけだ。その彼らも気を使ってコーヒーをそっと出してくれたあとは極力気配を消そうとしているので、ダイニングにとどまらず家の中は静かだ。
静かな冬の午後、暖炉で薪の弾ける音と弱い日差しが差し込んでいる。
腕を組んで座っていると気が付けば眠っていたようだ。誰かの気配に目を覚ますと、腰に痛みが走った。浅く座っていたからかだろう。座りなおして顔を上げるとダイニングにはティルナがいるのが見えた。斜め向かいでコーヒーを飲んでいる。どうやら仕事を終えて戻ってきていたのだ。
「あ、イズミさん、おはようございます」と目を覚ました俺に微笑みかけた。
ふと時計を見ると一時間ほど経っていた。どうやら少し長めにうたた寝をしていたようだった。腕を組んだまま億劫にキューディラを確認してみたが、まだ連絡がある様子はない。
「今日、日差しが気持ちいいですからね、ふふふ」とティルナは笑うと立ち上がり、換気をするためにか窓に近づいた。そして握られ下げられたドアノブは、油の足りない蝶番からわずかに悲鳴を上げて窓を左右に解き放つ。大きく窓が開かれると、外から寒々しい音とひんやりとした風が吹き込んでくる。
暖炉でむあむあとしていた部屋の中で火照った体を、冬の風につねられると思いだした。そうだった。忘れてしまいそうな季節だが、ここラド・デル・マルの街にももう冬が訪れていたのだ。風が首筋に当たると心地よく背中を震わせ、寝ぼけた目を覚ましていく。