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マルタン侵犯事件 第十二話

 会議が終わり、カルデロン別宅に戻るとオージーとアンネリも研究所から戻ってきたところだったようだ。いる以上成果を出さなければいけないのは相変わらずか。杖(銃?)をマリークに渡し、彼が喜んでくれたことを伝えると、二人も嬉しそうに笑った。


 それから数日間、毎日のようにルーア共和国とアルバトロス・オセアノユニオンを行き来した。両国の首脳たちの交渉は書官でのやりとりが中心に行われた。

 誰がそれを運んでいるのかと言えば、言わずもがな俺なのだ。だいたい一日に一通と言うペースではあるが、多い日には四、五通と言うこともあった。

 お互いに意地を張り、相手が書簡で返したから書簡で返すという意味不明でまどろっこしい過程を挟むやり取りだ。

 そして、このやりとりの中身は、和平交渉そのものではなくその場に点くか否かのやり取りなのである。移動魔法を使えば共和国ユニオン間を十秒で行き来できるので大した労力ではないが、日に何度も往来させられることもあり、うんざりしてしまうのだ。

 だが、一介の運び屋に過ぎない自分は彼らに向かって、直接会えよ、とは言えないのだ。素人が安易に突っ込むことのできない政治の駆け引きが成されているのだろう。



 まず、ユニオン側のエスパシオはこれまで通り和平には前向きであることを伝えた。そして調査団の受け入れは相応な理由の開示を共和国側に求めた。俺が尋ねられて応えた程度では納得できなかったようだ。確かに勲章を持っていたとしても、民間人から毛が生えた程度の俺ではどうしようもないのはわかる。共和国首脳陣の言葉でサインとハンコがなければ信用に値しないのだろう。


 それに対して共和国側省長官たちは法律・政治・経済・金融の観点から和平交渉後に両国にもたらされる利益・不利益を丁寧に並べた。また現在和平交渉中の連盟政府からの通達で、数ある反抗勢力(アルバトロス・オセアノユニオンと友国学術連合のこと)との交渉に応じないことや海上交易の停止・封鎖措置を要求されていることも伝えた。連盟政府側からすれば、もし交渉がうまくいき和平が成立させユニオンを一つの国家として認めてしまうのを避けたいのだろう。


 しかし、共和国がそこで懇切丁寧に状況を伝えたのが間違いで、下出に出たと勘違いしたようだ。共和国側の旧体制の残渣を洗い流したいことや交易停止は国のインフラに重大な危機をもたらすことなどの焦りがあると敏感に察知したユニオン側は、交渉に対して主導権を握っているかのように強気になりはじめたのである。しかし、それでも共和国がメレデントの亡命の手引きを誰がしたかについては言及していないことを考えると、やはり主導権がユニオンにあるのは明白だった。




「イズミさんも大変ですね。今週何回目ですか?」といいながらモアニはコーヒーを淹れてくれた。いつもと違う匂いがする。口を付けると少し甘い。


「ありがとうございます。モアニさん。5回目ですかね? 数えてませんよ、もう」


「今日はごめんなさい。センパイ、じゃなくてュリナ長官、今日は別件で会議が入っちゃって、すぐに会えないんですよ」


「いえ、移動魔法ですぐなので移動は苦じゃないんで」


「さすが、共和国大使を伊達にやってませんね! 移動魔法ですか。やはりすごいです。ラド・デル・マルとグラントルアまでどれだけ距離があるのか、それを一瞬で移動できるなんて。海を渡るとどのくらいなんだろう……」と言うとお盆を抱えて人差し指を顎に当て、天井を見た。


「海? だいぶ陸地を通ることが多そうだけど」


「あ、私たちダークエルフの癖です。ダークエルフは航海術で発展してきました。だから、距離を測るときには海でまず考えるのです」


「そうなんですか」


 ふと、エスパシオの言葉を思い出した。イスペイネは優れた航海術で連盟政府近海をはるか昔から支配してきたのだ。海は繋がっているとなると、ダークエルフと遭遇していてもおかしくない。


「あの、カフアってわかります?」と尋ねるとモアニは驚いたように笑顔になった。


「あ! よくご存じですね! カフア、星の霧を泳ぐ魚です。その中で一番大きくて遠くまで行ったのがナイ・ア・モモナ! 昔々、南の果ての海辺でダークエルフの青年と7匹の魚が……ってごめんなさい。いつもおばあちゃんに昔話を聞かされていたのでつい」


「南の果て……ダークエルフって南の果てから来たんですか?」


「そうですよ。ナイ・ア・モモナを中心としたカフアを目印にして海沿いにルフィアニア大陸を北上してきたそうです。そして今のウェストル地方のカマエラあたりに上陸したんですよ。発掘でいろいろ見つかっているのでたぶん有力ですね。でもその後は2つに分かれた、ぐらいしか記録がないんですよ。まぁエノクミア大陸が未開の地で、小競り合いを除いてそこの人間(エノシュ)と争い始めるよりも前の話ですからね」


「そうなんですか」


 淹れてくれたコーヒーを持ち上げ、唇に当てると思ったよりも熱かったので、一度ソーサーに戻した。陶器のこすれる音がする。


 ナイ・ア・モモナはエスパシオの言っていたニイア・モモナと同じではないだろうか。しかし、目立つ星で決まった動きをするなら誰でも目印にするのは当たり前からただの偶然だろうか。


 今日は早い時間に軍部省のユリナのオフィスを尋ねた。ちらりと壁に掛けられているフリップ時計を見るとまだ十時前だ。彼女の参加する会議は彼女自身の暴言で長引くことが多い。おそらく終わって戻ってくるのは正午過ぎではないだろうか。ソファの向かいのローテーブルにコーヒーを置いて自分のデスクに戻ったモアニも頬杖をついて暇そうにしている。


「昔話、もう少し聞かせてもらえないですか? まだユリナ長官こなさそうだし」


「構いませんよ。面白いかどうかはさておき」

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