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マルタン侵犯事件 第十一話

 俺は書類を受け取るとすぐさまアルバトロス・オセアノユニオンに戻った。


 すっかり夜になってしまったが、まだ活気のあるラド・デル・マルの街を抜けてカルデロン本宅へと向かった。


 門を抜けた後、昼間のように蒸気馬車が迎えには来なかったのは、乗り回すのが大頭目の単なる趣味だからだろう。門を抜けて真っすぐ邸宅へと向かった。

 緊急の案件と使用人に伝えると、折しも五家族仲良く食事会としゃれこんでいた様子で一度は出直すように言われたが、エスピノサが構わない、ちょうど全員が揃っているので手間が省ける、と通された。



「随分早かったな、イズミ。収穫はあったのか?」


「共和国四省長共同での書類をいただきました」と座っている椅子の横で跪きながら報告をした。


「なるほど、読もう」と言うと手を伸ばしてきたので彼に書類を渡すと、彼は目で文字を追いかけ始めた。

 すぐに一通り読み終わると今度はカリスト頭目に渡した。彼が読み終わると、ヘマ頭目、ルカス頭目、そしてバスコ頭目と順番に読みまわしていった。(ヘマとルカスは和解したようだ。先にヘマが読むことを気にしていないようだった)


 全員が読み終わり、使用人によって手元に戻ってきた手紙を預かると、「話を急いで回すのはさすがだ」と封に仕舞いながら言った。


「しかし、これは到底受け入れがたい内容だ。五家族の皆はどうだ?」


 頭目たち全員を見回すように言った。それにルカス、ヘマ、バスコは特に何も言おうとしない。エスパシオと同じ意見の様子だ。しかし、そんな中カリストは不服なようだ。


「受け入れがたい、と拒否するほどでもないと思うのだがな」


「なぜそう思う?」と小首をかしげてカリストに尋ねた。


「調査団ぐらいいではないか。混乱期とはいえ比較的に落ち着いているのだから」とテーブルに肘をつき顎を弄っている。


「カリスト頭目、あなたは“事なかれ主義”だ。受け入れの是非でもめることを回避したいだけだろう。だが、その甘さに付け込まれるかもしれないのだ。いくら和平に前向きではあっても相手は人間と双璧を成し長年戦争し続けていたエルフだ。毅然とした態度で挑まなければいけない」


 どうやら話はすんなりとはいかない様子だ。それもあまり前には向いていない。それにしても調査団とは何者だろうか。俺は書類の内容を読んでいないのでエスパシオ大頭目に尋ねた。


「機密書類故に自分は目を通しておりません。会議に参加した際に聞いた内容では機密情報の流出についてだと察しますが」と尋ねると、怪訝な顔で見つられた。


「機密情報? そんなことは書かれてはいない。共和国は和平に対して大いに賛成であるそうだ。だが、それに条件を突き付けて来たのだ」


「その、条件とは? あまり話が見えてこないのですが、調査団などもどのようなものでしょうか?」


「旧体制の残党がアルバトロス・オセアノユニオン内にいる可能性があるので調査団を派遣したい、と書かれている。調査団の受け入れを条件にしているのだ」


 おそらく、共和国側はメレデントを調査することで蒸気エンジンの流出元を辿ろうとしているのだろう。技術については直接的には触れていない。盗んだと悪役にしてしまうと、それ以外の話が進めにくくなるのを防ぐためだろう。だが、それだけなのだろうか。


「……それ以外は?」


 おかしさに跪いたままもぞもぞと動いてしまった。


「それだけだ。だが、それが大問題だ」


 いいじゃないか。たったそれだけでうまくやっていけるなら。顔を上げて口を開けたまま、エスパシオを見つめてしまった。


「なぜダメなのかがわからないという顔をしているな」と顎を上げた。そして、「水面下で進めてきた独立計画は滞りなく進んだ。知っての通り、カルデロン・デ・コメルティオやブエナフエンテ家、シルベストレ家の営む事業はこれまで運営主体がはっきりしなかったが、国家となり首脳となった我々が所有していると国営企業になる。

 それでは市場の活性化を見込むことができないので民間企業とすることにした。それゆえに、国内では若干の混乱が起きているのは間違いないのだ。

 私自身、政府首脳の一人でありながらカルデロン・デ・コメルティオの会長としての立ち振る舞いに悩むほどだ。まだ独立したばかりでわずかばかりではあるが混乱期である我が国に調査団を送るというのは、何か目的があるのではないか?」


「そうでしょうか。自分は政治家でも何でもないのでわかりません」


 エスパシオの言うことは分からないこともない。だが俺もとぼけているわけではない。


「混乱に乗じて国内の状況を悪化させて優勢を取るという手段も考えられる」


「いえ、でも和平を結ぶわけですし……」


「それなのだよ」とぴしっと言葉を遮った。「和平と言う名の下、思想や文化から始まり、段階的に侵略するのかもしれない」


 正直、聞いていてしんどい。

 確かに風習文化は大事だ。だが結局のところ、後世に残るのは綺麗なもの、素晴らしいものだけだ。それもその時代の人々の感性によって少しずつ変わっていくものだ。思い出が美化されていくのと変わりない。


 跪いて下を向いて、表情を隠しながら思っていると、事なかれ主義のカリストが口を開いた。


「エスパシオ大頭目、そこまで考える必要はないと私は考えるがなぁ。確かに混乱期だが」


 俺は顔を見られたのではないかと思ったが、彼の位置から俺は見えづらい。跪いていると余計にだ。事なかれ主義を主張したことはないがこれまでも何度かあった共感の経験から察するに、俺はどうも彼とは意見が合いそうだ。


 だが、エスパシオはそれに返事はしなかった。そして俺の方を向き、


「イズミ、顔を上げなさい。そのままでは辛いだろう。君はなぜ調査団を派遣したいのか、理由は知っているか? 渡された手紙だけでは些か情報が足りない」と尋ねてきた。俺は立ち上がり、全員を見回した。


「伺っております。簡単にですが、旧体制の残党、つまり帝政ルーアの帝政思想(ルアニサム)の信奉者が先の金融省長官選挙終了後に当時のイスペイネへ孫と共に逃走を図ろうとしました。ルーア共和国ウェストル地方カマエラ北西沖、旧イスペイネ自治領、現アルバトロス・オセアノユニオン、ラド・デル・マル南西沖でイスペイネの船に乗り換えたが積み荷が爆発、巻き込まれ失敗に終わったという報告は受けています」


 クソのモンタン野郎の報告だから真偽のほどは怪しいが、知り得た情報はそれしかない。


 食事後のコーヒーを囲みながら話を聞く五家族の頭目たち一人一人を見回すように言ったとき、ヘマの動きが大きくなり、ぎこちなく視線を逸らしたような気がした。


 エスパシオはそれを聞くと片眉を上げた。


「それは本来“亡命する”はずの予定であり、我が国の中枢の誰かが手引きしたと言いたいのか?」


 尋ねられて気が付いた。ああ、そうだな。言われてみれば確かにそうだ。亡命や密入国は一人では成し得ない。では誰が?


「明言は避けますが、もし亡命ならユニオンの実力者の関与を疑われます。そこにもちろん五家族も含まれます。いまや亡命であったことを証明するには手引きした当事者が言わないと発覚しないでしょう。ですが、仮に調査団の受け入れを拒否されると、疑いの念が強まると考えられます」とやや誤魔化すように言った。


「よろしい。君は少し共和国寄りなのかもしれないな。だが、ここで気に入らないと言って閉じ込めてしまうのはフェアではない。共和国に書簡を送る。その際にもまた君に頼むとしよう。別宅での待機を命ずる」


 顎を動かし、見つめるようになると、

「下手に大使を任命してのんびり海の上を行かせるのでは危ない。それに移動魔法ですぐの君なら話を早く進められるだろう。流れ星を運んでおくれ、ニイア・モモナよ」とフフッと鼻を笑わせた。


 そして、エスパシオ大頭目は全員を見回した。「今日は解散だ」と言うと頭目たちは立ち上がり、“家族のために(パラ・ラ・ファミーレ)”と言って会議は解散となった。

メレデントの逃亡劇を書いていたころ、映画『独裁者と小さな孫』を観ていました。

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