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マルタン侵犯事件 第九話

「こんにちは! イズミさん!」


「こんにちは。……えーっと」


 ハキハキした雰囲気の金髪緑目のダークエルフの女の子が評議会議事堂の廊下で話しかけてきた。ユリナの一等秘書官だ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私、モアニ・カウイと申します」と握手を求めてきた。


「イズミです。改めてよろしくお願いします」と握り返した。「変わった名前ですね」


「そうですか? ダークエルフの言葉で“若々しく美しい海の風”という意味で、私の生まれた年のダークエルフの名づけランキング3位なんです。まぁ名前負け、していますけど」


 ぴっと小さな舌を出した。しかし、すぐに俺の後ろに視線が移った。つられて振り向くと遠くにユリナの姿が見える。そして、「あ、ちょっとごめんなさい!」と走り出した。

 どうやらユリナに用事があるらしい。左手で抱えていた資料を人差し指で確認しながらかけていったが、少し進んだところで振り向き笑顔を見せた。そして、


「もう会議始まるみたいですね。私は参加できないので長官に資料を渡してきます。バタバタでごめんなさい! また後程。“ナイ・ア・モモナの導きがありますように”では!」


 と上司の傍へ向って行った。


「ナイ・ア・モモナ……?」 ニイア・モモナではなく?


「どうしたんだい? ぼんやりして」


 トイレから戻ったシロークに話しかけられてはっとした。どうやら彼女をぼんやり見つめてしまったようだ。どことなく活発なところはティルナに似ているような気がする。


「……なんでもない」




「さて、急な招集になり大変申し訳ない。始めよう」と司会のシローク。それにさっそくとマゼルソンは厳しい顔をした。


「どうやら重大な機密漏洩があったそうだな」


 会議は四省議の形となり、円卓を囲む形で行われている。しかし、普段の会議とは異なり、省長官たちの背後に一等秘書官はいない。長官たちの後ろにいるのは俺だけだった。


「イズミ君、説明したまえ」といきなりシロークに話を振られた。


「ちょっと待ってください。機密漏洩とはなんでしょうか?」と言うとマゼルソンは渋い顔をした。なぜわかっていない、とでも言いたげに俺を見ている。

 そこへ「あ、わりぃ。イズミの様子だとわかってないっぽいんで、私から説明するわ」とテーブルに肘をついていたユリナが体を乗り出しオホンと咳をした。


「共和国においては蒸気エンジンはもう一般的で、それに代わる高出力のエンジンも開発されている。だが、蒸気エンジンはまだ産業の中心にある。

 イズミがさっき言ったことで気がかかりなことがあった。どうやら連盟政府……もうではないか、アルバトロス・オセアノユニオンのカルデロン家の敷地内で蒸気エンジンを用いた車両が使用されていたと報告を受けた。私たちはアルバトロス・オセアノユニオンと正式な交易をしているが、技術供与は一切行っていない。つまり、外部にエンジンが流出したということだ」


 俺は自分の耳を疑った。技術供与はされていないのか。


「敵対的に独立するほどだ。連盟政府におちおち情報を漏らすようなことはないだろう。だがおそらく、アルバトロス・オセアノユニオン領内でもうすでに多く生産されている可能性がある。

 蒸気エンジンの基本構造は魔石を熱源としている。つまり魔力だ。人間側は魔法の国だ。出力も桁違いの物が開発されていてもおかしくない。それに耐えうる金属があればの話だが」


「流出したものは仕方がない。だが、問題はどこから漏れたのかと言うことだ。これからも技術が漏出するようではまずい」と一通りの話を聞いたマゼルソンは円卓の上で掌を合わせた。


「私たち軍部省からの流出は考えられない」とユリナは読み上げていた書類を置きながら言った。


「なぜそう言い切れるのかね?」視線だけをユリナに送るマゼルソンが疑り深く尋ねた。


「私たちは“使い”はしても“作れ”はしない」


「だが、ガソリンエンジンを開発したのはそちらではないか。払い下げを持ち出したと考えられる」


「ジジィ、んなことするわけねェだろ!?」と怪しまれることにいら立ちを見せ、悪態をついた。


「リナ……いや、軍部省長官、落ち着いて。金融省は貿易関連を管理しているが、チェックも厳重だ。1エケル単位と重さまで調べ上げている」とシロークはユリナを諭したあとに金融省としての見解を述べた。


「法律省、政省共に私も否定する」とシロークに続いてマゼルソンも言った。そして、今度は俺をまっすぐに見ると、「それで、当のイズミ君、君に心当たりはあるかね?」と尋ねてきた。


「いえ、全く」と即答した。漏洩だとつい三分前まで知らなかった俺はそうとしか言いようがない。


「だろうな。見たことをうっかり言ってしまうぐらいだ。君が持ち出した可能性はまずないだろう。それに君の場合すぐに顔に出るはずだ」と分かり切っていたかのような顔で言われた。俺はついでか。


 設計図にしろ、エンジンそのものにしろ、誰かが持ち出さなければユニオンに到達するわけがない。もちろん俺は持ち出した記憶はない。移動魔法で共和国とユニオンを行き来できるのは俺とユリナだけ。


 誰一人言い出さないが、ユニオンで自然発生的に誰かが作り出した可能性はどうなのだろうか。


「あー……申し上げにくいんですが、あっちで誰かが思いついたという可能性はどうでしょうか」


 会議テーブルについていた全員が一斉に俺の方を見た。やはり言うべきではなかっただろうか。視線が痛い。


「それはない。技術は段階的に発展するものだ。魔術で大方のことができてしまう国では蒸気利用はそこまで盛んではない。あって料理くらいだ。エンジンに至るまでの過程がないのだ。それにエスパシオ大頭目はこちらの蒸気エンジンのことを知っていたのだろう? 彼はこれまでこの国に来たことがなく、それを目の当たりにする機会はないはずだ」


 確かにそうだ。だとするとやはり誰かが持ち出した可能性が高くなる。


 俺とユリナ以外で、ユニオン内部で目撃した共和国滞在者。オージー、アニエス、カミュ、レア、ワタベ、そしてシバサキ。

 オージーはこちらにいたときは言語学習のために暗い部屋の中で干しシイタケになっていた。アニエスは街には出られなかったので機会はない。カミュ、レアは魔石のやり取りだけで街には出ていない。

 ワタベ、シバサキはもはや何をしでかすかわからない。この二人の可能性も大いにあるが、候補に入れると混迷を極めるので除外。となると心当たりのある男が一人いる。


「モンタン……」

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