マルタン侵犯事件 第八話
風が吹くと砂ぼこりが舞う小春日和の晴天だ。
マリークはさっそく訓練場で雪玉を撃っていた。銃自体は初めて持つのかもしれないが、ジューリアさんや他の女中部隊が撃つ動作をよく見ているためか、構えは一人前だ。座って撃ったり、立って撃ったり、時にはジューリアさんが俺たちを助けたときの座射をしてみたり、色々な撃ち方を試しているようだ。
魔法射出式銃は重たくはないが、まだ小さな彼に金属の塊であるそれは重いのだろう。撃つほどに照準が下がっていく。
そして、彼自身の魔力が強いのか、それとも安全装置が甘いのか、雪玉はかなりの勢いで射出されている。彼は引き金を握りっぱなしにすると、際限なく雪玉が射出されるその仕組みにさっそく気が付いたようだ。反動がない分、彼でも連射できる。
だが、魔力も体力と同じように減っていくので、しばらく撃ち続けると座り込んで休憩をしていた。
飽きずに打ち続けるその様子をユリナと二人でベンチに座り見守っていた。足を組み、腕を組み、鋭い視線を我が子に向けている。まるで指導教官だ。
選挙戦以降、何かと忙しくあまり個人的な話をする機会が少なくなっていた。もう一年近く経ってしまった。
「ああ、そういえば」
その間、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。
「選挙で巻き込まれた子どもたちはその後どうなった? リボン・グリーン団とか」
「……さあな。みんなそれぞれさ。子どもは誰も死んじゃいない」
その言い方だと、誰かが死んだような言い方だ。だがそこには触れないことにした。ユリナの方を見て、「オリヴェルはどうなった?」と尋ねたが、彼女は視線を合わせようとしない。
「……元気だよ。相変わらずマリークの友達だ」と先ほどよりもさらに言いたくなさそうにしている。目を細めて遠くを睨みつけるようになった。
「何も変わってないのか。ならよかった」
ユリナの低い声はあまり良い状況ではないのだろう。その口から出る言葉を聞いてしまう前に逃げるようにそう言って終わらせようとした。
しかし、「何も」と言うとユリナは立ち上がった。そして「何も変わってないわけじゃない」と背中を向けたままになった。
「元気ならそれでいいじゃないか。ははは」
「自殺した」
俺は突然のユリナの言葉に絶句した。誰がだ? オリヴェルが自殺したのか? いや待て。今元気だと言ったはずだ。何も言えずにユリナの背中を見つめた。
「ガキじゃねぇ。オリヴェルのオヤジだ。カールニーク社社長が自殺した」
逆光を浴びてちらりと俺を見ると話をつづけた。
「マクヴィル・カールニークは強硬派の急先鋒だった。強硬派のマゼルソンに従い、指示通り動いていたし、自らの考えにも自信を持っていた。
だが、彼は帝政思想には断固反対していた。選挙後にすべてが明るみに出て、知らずに思想に利用されていたことで良心の呵責に苛まれたんだろ。
行方不明になって数日後に頭部に大きな欠損がある時間経過した遺体が山中で見つかった。手には魔力射出式銃が握られていて、遺書も発見されて筆跡鑑定もなされて本人の物だとわかり、自殺と断定した。皮肉なもんだな。自分の家の銃で自害とは」
遠くのマリークがまた雪玉を連射する音が聞こえる。
えっ、あっ、と言葉を探した。何を聞いたらいいのかわからなくなってしまったのだ。
しばらく空気を噛んだ後、「オ、オリヴェルはどうなったんだ……!?」と絞り出すように尋ねた。
ユリナは鼻から大きく息を吸い込んだ。
「弟の、社長の弟、覚えてるか? あの半勃ち野郎。兄同様、強硬派で反帝政思想だった。出世の道は断たれたが、家族を遺して無責任に死んだ兄のようになれないとあいつが後見人になった。お堅い奴で助かった。そしてカールニーク社はオリヴェルが継いだ。大人になるまではそいつが代理だ。武器産業からは完全撤退。その代わりにノウハウを生かして科学産業に変更した」と言うと再び座っていたベンチの方へ歩み寄り、腰かけた。
「おめぇもクソジジイの飛行船は見ただろ? あれにゃ私もたまげた。そこで飛行船づくりに精を出してるってよ」と言うと、ユリナはずるずると下がり腰で浅くかける姿勢になっていった。
風が吹き抜けると砂ぼこりが舞う。風上にいるマリークの出した雪玉が解け訓練場の地面を濡らしていた。風に混じって届いたわずかな土の匂いがする。
「にしても、マリークに私らは救われたな。オリヴェルを見捨てないで友達のままでい続けたから、オリヴェルは落ち込みはしたが元気になった。今じゃリボン・グリーン団で巻き込まれたガキどもをまとめ上げてボランティア組織にしてる」と今度は杖のように扱い始めたマリークを遠くから見ている。
「私らも支援してはいるが、それだけじゃどうにもならない部分をマリークがやってくれた」
そうか、とだけ応えて、乾いた訓練場で遊ぶマリークを黙ったまま眺めていた。
マリークは額の汗をぬぐいながらひたすらに銃を撃ち続けている。彼は元気そうだ。子どもたちは確かに元気ではある。大人の目には。子どもは子どもで元気なふりをする。自分で落ち込んでいることに気が付いていないこともある。
選挙戦以降、姿すら見ていないオリヴェルは本当に大丈夫なのだろうか。
見たところでわからないと言われるかもしれないが、見なければ分かろうともしないことと同じだ。風が吹いて砂ぼこりが舞う。目に砂が入りそうなって左下に顔を向けて瞬きを繰り返した。
しばらくすると屋敷の方からジューリアさんが現れた。急ぎの要件を伝えに来たようだ。
四省長官を集めた緊急会議は、翌日ではなくこれからすぐに執り行われるようだ。まだまだ撃ち足りない様子のマリークをジューリアさんに預けて、俺たち三人は評議会議事堂へと向かうことになった。