マルタン侵犯事件 第七話
「さてさて、少し変な空気になってしまったな。そういえば、残りの三分の一は一体なんだ?」とシロークが背筋を伸ばして鼻から息を吸うとにこやかな表情になり、膝の上で手を置いた。
ユニオンへの返事を受け取らなければいけないので、時間的な余裕はある。本当のことを言うと、あとの二つの方が重要ではあるのだが、一番伝えたかったのはこれなのだ。「いよいよそれか」と自分でも口角があがるのを感じる。
続けて「実はマリークに用事があってな」と言うとドアからチラチラと見えていた髪と掌が大きく動き、今度は顔を半分くらいのぞかせた。マリークの期待と不安の入り混じった表情がよく見える。もはや隠れられていない。
視界の隅に見えていたが、俺はあえて気が付かないふりをすることにした。持ってきた木箱をテーブルの上に置き、
「さぁさぁ、お待ちかね。ギンスブルグ家御曹司のために素晴らしい杖をご用意いたしました」
と焦らす様に布を避けた。
「珍しいものと最新技術の粋を結集した、過保護なギンスブルグ家の親御さんも思わずうなる、この世界にたった一つの、これまでにない、そしてまたとない、彼のためだけの、彼にしか使えない、素晴らしい杖!」
と少々大げさな口上を述べた後、一度動きを止めてユリナとシローク(とマリークをちらりと)を交互に見た。そしてゆっくりと木箱の蓋を開け、「尤も、杖と言うには形が変だが」と箱の中の魔法射出式銃を二人に見せた。
「イズミ、おめぇ、こりゃぁ……」とユリナが口を開けたまま止まっている。
「本当はマリークにサプライズでいきなり渡したかったが、モノがものだから保護者に確認をしてもらおうと思った」
「こ、これはどうしたんだ?」とユリナと同じように前かがみになり銃を見てシロークが尋ねてきた。
「オージーとアンネリは覚えているな? あの二人の錬金術師が銃を見て見よう見まねで作ったものだ。動力源はマリーク本人の魔力だ。魔法射出式銃と同じ方法でメインテナンスさえすればずっと使えるシロモノだ」
俺は銃の入った木箱の上で、見せびらかすように腕を広げて笑みを浮かべた。
リバースエンジニアリングのことは黙っておこう。魔法射出式に限らず、銃器自体は共和国の国家機密だからだ。それにブルゼイ・ストリカザの金属を使ったこともだ。共和国は俺たちに解析させようと何も言わずに渡してきたわけだ。こちらも黙って還元しよう。
「お前、息子に銃を持たせるのか?」とやはりユリナは渋い顔をした。予想通りだ。
「そういうと思った。俺もそれを悩んだ。だが、安全装置が何重にもされていて、杖以外の機能は今のところ雪合戦でルール違反になる程度の雪玉が出せるくらいらしい。安全装置の解除は俺がするか、マリークが二十歳になるまでできない。それに個人認証のセキュリティ魔法もかかっててマリーク以外には撃つどころか、持つことすらできない」
「うーむ……、確かに素晴らしいものだが、やはり銃と変わらない。本当に大丈夫なのか?」とシロークが眉を寄せて俺を見た。
「俺からは生涯を通じて安全装置の解除はしないつもりだ。20を超えたマリークも、自らする必要のない世の中にするのが俺の目的だからな」と俺は不安な面持ちの両親の顔を交互に見た。
目が合うとシロークは顎を触りながら、「なるほど、君がそういうなら信用してもいいだろう。しばらくは杖としての機能だけだな」と言った後、ドアからこちらを見ていたマリークをシロークが呼んだ。
しかし、マリークは恥ずかしがってしまったのか、名前を呼ばれると同時に引っ込んでしまった。
改めて俺が、おいでよ、と呼ぶと
「な、なんだよ! いまさら、うふっ! 遅いんだよ! ふふっ! そ、そんなもの、も、持ってきたって! ふひっ!」
と怒ったような声を上げながら、ゆるゆるした口をして傍にやってきた。話は聞いていただろう。この木箱の中身が彼の物であると言うことは分かっているようだ。
カミュは近づいてくるマリークの姿を恍惚の表情で見ている。確かにその喜びが駄々洩れなのに素直になれない姿は可愛い。
カミュのすぐ横に立つと、銃と俺を交互に見て「こ、こんなもの、い、いら」と早く手に取りたそうに胸の前で両手を拳にしてそわそわしている。俺は横に並んで屈むと、彼の頭に手を載せた。
「なぁマリーク、これは君の杖だ。長いこと待たせてごめんな。でも約束通り、かっちょいい杖持ってきたぞ。この世界にたった一つだけで、そしてマリークにしか使えない杖だ」と言うと焦った眼差しでうんうんうんと頷き見つめられた。
杖に夢中でほとんど聞こえていないな。それでも俺は焦らすように話を続けた。「でも、条件がある。友達との喧嘩とかイタズラとか、そういう小さなことで使わないって約束できるなら今すぐ君にあげる。でもできないなら、君がもう少し大人になるまで木箱に入れて俺が預かる。できるか?」と尋ねると、小さな彼は間髪入れずに元気よく「できる!」と応えた。
俺はそれに微笑むと、「約束だぞ」と銃に掌を向けた。「不思議な魔法がかかっていてマリーク以外には持てないんだ。君の手で持ち上げるんだ」
そう言うと、マリークは待ってましたと言わんばかりに顔をほころばせて銃に手を伸ばし持ち上げた。両手でバットと銃身を持ち上げるようにそっと。手に触れると流れ込んだ魔力で起動したのか、ブウンというかすかな音が聞こえた。
「銃として使うときはマリークが金属の部分に体を当てないと魔法は撃てないが、銃口は何があってものぞくなよ。危ないからな。それは君の、君だけの物だ。大事に使えよ」と言うとうんうんうんと素早く頷いた。
そして、「ママ、パパ、イズミ、カミュ! 撃ってみたい!」とさっそく言い始めた。すがるような目つきでみんなを見回している。俺は苦笑いをしてユリナとシロークを窺うと、二人ははぁとため息をして額を擦った。
ユリナは「訓練場に行ってこい。イズミ、お前見とけ」と親指で外を指さした。
「リナ、君も行っておいで。見たいだろう?」とシロークが優しく微笑んだ。「マゼルソン長官から連絡が来たらすぐに伝える」