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マルタン侵犯事件 第六話

 俺とカミュはギンスブルグ家に着くと歓迎された。今回はマリークに見つからないようにこそこそとはしておらず、堂々と敷地内に入っていった。しかし、玄関でジューリアさんに迎え入れられても、日の当たる長い廊下を歩いていても、マリークは姿を現さなかった。しばらく会っていなかったから恥ずかしいのだろう。だが、小さな何かが10メートルほど後ろを付けてきていることは間違いなかった。


 応接室に通されると、ユリナはソファにふんぞり返って足を組み、シロークは何かの資料を読みながら待っていた。


「ユリナ、シローク、待たせて済まない。それに急な訪問になって申し訳ない。俺もカミュも用事があって」


「かまわねェよ、仕事だろ?」とユリナは背もたれに載せていた掌を天井へ向けた。そして勢い良く立ち上がるとテーブルの方へと来て椅子に座った。それに合わせて俺たちも椅子に腰かけた。


「三分の二は仕事で、残りは個人的な用事。まずは仕事の話からしよう」とは言うが、ドアの影から小さな男の子がこちらの様子を窺っているのが気になって仕方がない。隠れているつもりなのだろうが、ふわふわ揺れるウェーブ髪や小さな手がチラチラと見えるのだ。マリーク、君はもう少し後だ。


「たぶん話が通っているカミュの用事からで。金融協会がらみだろ? 俺は後でいい」


「そうですか。では先に失礼させていただきます」



 カミュは簡単に用件を説明し始めた。秘密裏と言うことなので書類は持ってきていないようだ。女中さんが隅の方で速記を取っている。その話を聞いている最中、シロークは終始渋い顔をしていた。おそらく交渉にかかる費用が増大し、長期に継続して行うことが厳しくなってきたのだろう。あまり良い話ではなさそうだ。それにどうやら一日二日で終わるようなものではないそうだ。


 しかし、連盟政府と共和国は一体何にこれほどまで長い時間交渉に費やしているのだろうか。少し気になり耳を傾けてしまった。しかしどうやら話辛いこともかなりあるようで、カミュの言葉は詰まることが多くなってしまった。邪魔になってはならないと少し席を離れて外を見て待つことにした。


 そっと椅子から立ち上がると、ドアからチラチラ見えていた髪と掌がビクッとすると引っ込んだ。


 しばらく窓の外を見ているとシロークとカミュがこちらを向いて頷き、「イズミ、一旦は終わりました」と声をかけてきた。俺は椅子に戻り交代で話を始めた。



「こちらの方なんだが、今日、俺はイス……アルバトロス・オセアノユニオンの代表者として来た」


「アルバトロス・オセアノユニオン、この間独立したイスペイネ自治領のことか」とシロークは腕を組んだ。やはり時期が時期だけに厄介ではあるのだろう。


「これまでは連盟政府の一地域として和平交渉に参加をしていたが、袂を分かったので改めて一つの国家として和平交渉を行いたいとのことだ」


 簡単に言うと、エスパシオ大頭目から預かった書簡をテーブルの上に置いた。シロークはそれを受け取ると、紐で止められたそれを外し、中身を読み始めた。そして、「和平交渉の最中に、か。イスペイネもなかなか面倒なことをしてくれる」と視線を左右に動かしながら言った。


 それに俺は口を噤んでしまった。できるだけ考えないようにしていたが、確かにそうなのだ。ただでさえ難航している和平交渉に横やりを入れたに等しい。


「おそらく、アルバトロス・オセアノユニオンとの和平交渉が始まれば、現在も妥協点すら見いだせず続けている連盟政府との交渉よりも先に締結されることは間違いない。

 共和国のダークエルフたち同様にイスペイネは航海術で栄えているおかげで海上交易にお互いが積極的だからな。最近では専用の埠頭だけではなく一般の埠頭への入船も始まり、海上で船の渋滞もしばしば起きている。

 しかし、それはその前後に何もなければの話だ。もしここで私たち共和国がユニオンと正式に和平を結べば、私たちがユニオンを正式な国家として認めたことになる。まだ国家として認めていない連盟政府と半ば敵対的に独立を宣言した地域と和平を結び国家として認めたとなると……。安易に和平を結ぶのは難しいな。連盟側にどう説明を付けるか……」


 言われると確かにそうだ。国際法みたいなものはないが、そうなったと言わざるを得ない。


「すぐに結論が出るとは思わない。じっくり考えてくれ。ユニオンのエスパシオ大頭目も焦っている様子はない。俺は連絡係に過ぎないからな」


 シロークは固く口を閉じて数回頷いた。


「だが、どうなんだ? 国家的な物は一度考えないで、二人の考えはどうなんだ?」と尋ねると二人は腕を組んだ。


「イズミ君、すまないな。僕からそれを言うことはできない。個人的な考えで動かしては国のためにならない」

とシロークが言うとユリナも頷いた。


「でも技術供与とかはもうしてるんだろ? カルデロン家の敷地内で俺は蒸気自動車、というか蒸気馬車みたいなのに乗った」と言うとユリナの視線が途端に鋭くなり、テーブルに身を乗り出した。


「どういうことだ?」


 なぜか迫力があり、俺は思わず上体をのけぞらせるように後ろに下げた。


「いや、そのまんまだよ。こっちの蒸気自動車とは違うが、あっちにも蒸気エンジンみたいなものがあったぞ。馬車の馬が牽引車みたいになってるやつ。エスパシオ大頭目もこっちにあるのは知っているみたいだったし」


 ユリナはさらに表情を変え、睨みつけるようになった。


「シローク。これは……」と隣にいたシロークを呼びよせ耳打ちをした。それにシロークは二、三度頷いた。


「どうかしたのか?」


「イズミ、お前も少し残れ。明日マゼルソンを混ぜた緊急会議を行う。お前もそれに出ろ。アルバトロス・オセアノユニオンへの返答はその後伝えることにすっから」


 ユリナが強く言うとシロークはすぐ後ろにいたジューリアさんに、至急マゼルソンに連絡を、と指示を出した。彼女はかしこまりましたと、すぐさま部屋を出て行った。


 少し緊迫した雰囲気が流れたが、俺にはそれがなぜなのか理解できなかった。

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