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マルタン侵犯事件 第五話

「さっき見た、細長い金属でできた筒があったじゃん? あそこの先端から魔法を打ち出すんだ。

 杖を使えばあらゆる魔法が打てる。でも、銃は基本的に1種類だけしか使えない。麻痺効果を狙うから、使われるのはだいたい雷鳴系の魔法だね。あらかじめ練り込んである魔法を打ち出すだけなんだ。でも詠唱時間が圧倒的に短くなる。引き金を握るだけでいいんだ。物理的威力はだいぶ落ちるけど早さが比じゃない。

 それに、魔法射出式は火薬を使わないから内部で爆発が起きない。だから反動がなくて連射できる。下手すれば供給される魔力の続く限りね。

 でも、共和国に入ってくる魔石はそこまで魔力が強くないから、威力を上げて撃つとすぐ弾切れするか銃がダメになると思う。それに銃弾も必要ないから銃自体の重さも軽くできる。それから魔力射出式とか魔法雷管式とかもあるけど……あ」


 カミュは困った顔をしている。怒涛の如く情報を羅列してしてしまい、お互いに口が止まってしまった。


「詳しいですね」


「一回撃たれたからね。種類が違うけど。だから色々調べたんだよ」


「危ない、ものなのですね」とカミュは前を向くと、呟くようにそう言った。


「遠距離からそれだけの攻撃ができるようになってしまうと、私のような剣士は居場所がなくなってしまうのでしょうか? 銃の扱いも慣れていたほうがいいかもしれないですね」


 少し悲しそうに言ったが、すでに何かを考え始めているようだ。


「剣は確かに時代遅れになっちゃうかもね。でも、その心構えは必要だから居場所がなくなることはないと思うよ」


 口元を押さえて下を向き、どうするか考え始めたカミュにはもう必要ないかもしれないが、そう付け加えた。


 その心構えとは“人を切ることに躊躇がない”という心構えだ。それを言ってしまうと自分の目指すところからはるか遠くへと遠ざかってしまうような気がしたので、胸焼けしそうなそれを飲み込んだ。完全な和平に向けて、小さな小競り合いは無視をしなければ成し遂げられないとどこかで思っている自分も一緒に。


 並んで歩くカミュの少し短くなった歩幅に合わせた。


「銃もそうだけど、イスペイネとストスリアの独立も正直言うとあまりいい気分じゃない。連盟政府は独立を認めていなくても、考え方では大きな国が4つもできたわけだ」


「そうですね。確かに両方とも一方的な分離独立宣言に等しいですからね。私たち協会は現時点では政府からの圧力を除けば影響を受けていませんが、独自通貨発行となると状況は変わってくるでしょう。友学連のほうはその心配はなさそうですが」


 そして何か思い出したようになり、少し黙ったまま見つめてくると、「そういえば、商会とも揉めているようですね」と切り出した。


 やはりその話題がついに来たか。いずれ聞かれるとは思っていたが、俺からは話を振りづらいのでできる限り逃げていた話題だ。本音を言うと、話をしたくなかったわけではない。


「知ってたか。いや知らないはずがないか」とやや苦笑いしながら応えた。


「私はあくまで金融協会の人間であり、中立を保ちます。レアは友人ですが、商会の人間でもあるので」


「そうか。ありがとう。レアは何か言ってた?」


「特には」と首を左右に振った。何か言っていても、言えるはずがないか。


 俺は彼女の反応を見て「そうか」と前を向いた。「一つ頼まれてくれるか?」


 なんでしょう、と小首をかしげて俺を見た。


「借金は必ず返すって、伝えてくれ」



 気まずいつもりはない。後ろめたさもないはず。それなのに俺は遠い目をしてしまった。


 この期に及んでの後悔を吐露すれば、実のところ、レアの言う通りブルゼイ・ストリカザの解析結果を無き物にした方が良かったのかもしれないと思った瞬間が何度かあったのだ。例えば、最初にそして最も多く思い浮かべるのが、今まさに軽快な金属音を背中から腹腔の奥深くまで響かせているこの木箱の中身だ。


 しかし、それはそれで嫌なのである。


 襲撃を受けたあの夜、身に迫る危険が未来を見通す目を曇らせたのは間違いないが、もはや冷静さを取り戻した今でも奪われたくない、消されたくないという思いは消えることはない。過去の偉人たちの偉業、オージーとアンネリ、グリューネバルト、ティルナの努力を無駄にしたくはないのだ。

 あの後、グリューネバルトが機転を利かせてくれたおかげで盗まれていないと分かったときは安どのため息で体がしぼんでしまうかと思ったものだ。


 だが、結果としてこの銃が生まれてしまった。


 マリークに本当に渡してもいいのだろうか。オージーとアンネリの話では安全装置の第一段階での銃としての機能は、本来の杖としての機能とマリークの特性である氷雪系の魔法でできる小さな雪玉を打ち出す、雪合戦でちょっと役に立つ程度らしい。


 しかし、銃である機能を持っていないわけではない。虎は檻にいても虎なのだ。


 カミュの横を歩きながら、遠くではためく赤白の吹き流しを見つめた。たびたび見かけるそれは等間隔で遠くまでたっているようだ。僅かに膨らみ、風を受けている。



「さて、イズミ」とカミュは街の入り口で止まった。気が付けば俺たちの足はラド・デル・マルの街の入り口まで来ていたのだ。彼女は腰に手を当てると「あなたを連れ出したのはほかでもありません。お願いがあります」と改まった。


「なに?」


「端的に言うと、ルーア共和国のシローク金融省長官と会合を予定しております」


「連れて行けってことね。いいよ。何となくわかるけど、理由は? 言える範囲で」


「ありがとうございます。助かります。私は移動魔法では入れないので」と言うと、一度咳払いをした。


「連盟政府とは和平交渉が進められていますが、お互いに平行線をたどり、未だ合意に至っていません。もう一年近く続けています。以前お話しした通り、資金面での問題も多く発生してきました。そこで一度金融協会と共和国金融省との会合が秘密裏に行われることになりました。

 そのために私が派遣されることになったのです。言うまでもなく、出入りしていたのですぐさま抜擢されました」


「わかった。秘密のレベルはどれくらいなの? シロークだけがそれを把握しているのか、それとも四省長全員が把握しているのか」


「共和国側の四省長は把握しているはずです。事実上、共和国はギンスブルグ家とマゼルソン家の支配で、両家共に仲は良好と伺っているので」


「わかった。俺の移動魔法は逆探知されてる。マゼルソンもそれを把握しているなら問題ない。けど、できるなら連盟政府と協会本部には俺が送ったってことは……」とやや引き気味にそう言うと、ああ、と目を開いた後に微笑んだ。


「イズミが移動魔法で共和国・連盟政府間を自由に行き来できることは本部には伏せてあります。安心してください。秘密裏となっているので入国手段は“海路による密航”と伝えています。しかし現在の状況で“現地のコーディネーター”を使うと連盟政府の意に反してしまいます。イズミならイスペイネ系の力添えを受けたという点を回避できます」


 なるほど、それでラド・デル・マルの街に寄ったのか。俺もいる上に、密航の理由が付けられる。俺も連盟政府ではお尋ね者だとは思うが、まぁ、いいのかな。


 ややこしいことをしているなと思いながら、ラド・デル・マルの街の外からグラントルア郊外のギンスブルグ家の前までのポータルを開いた。

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