マルタン侵犯事件 第四話
それから五分ほどすると、オージーはガシャガシャと大きな何かを抱えて運んできた。それは以前からしばしば目にしていた縦長の木箱だった。
テーブルの前まで来るとそっと上に置いて、「これを、マリークくんに渡してほしいんだ。よいしょ」と木箱の蓋を開けた。
木くずの梱包材が満たされた中に埋もれていたのは驚くべきことに、
「ま、魔法射出式銃!? なんで!?」
と思わず大きな声を出してしまった。それと同時に混乱した。
木箱の中には確かに魔法射出式銃があったのだ。しかし、ギンスブルク家の女中部隊の持っている物とは違っていて、よく見てみると弾倉、というのか、動力源たる魔石のはめ込まれている部分が無くなりよりスマートになっているのだ。
新品のように輝いており、持ち上げようと手を伸ばした。するとオージーが横から、「おっと、触らないほうがいい。マリークくん専用だからな。例のセキュリティ魔法で彼以外は使えなくなっているんだ」と自慢げな顔をした。いや、そういう問題じゃない。確かにそれもそうなのだが。
俺は手を伸ばしたまま硬直し、右に左に舐め回すように見つめてしまった。
混乱している様子に気が付いたのか、「どうやら、何が起こったかわからないみたいだね」とオージーは説明を始めた。
双子騒動の時、錬金術師が扱ったことで壊れてしまい廊下にそのまま放置されていた魔力射出式銃を混乱に乗じてこっそり拾ってきたらしい。(俺とモンタンが突撃し何人か殴り飛ばした時)。
そして、カミロに魔力雷管式銃で狙われ机の陰から隠れてポータルを開いたついでにアンネリに持たせてカルデロン別宅に運び込んだ。
それから騒動収集後にストスリアに持ち帰り分解。(馬車にこの箱を載せていたのを覚えている)。リバースエンジニアリングして設計図を作り上げて、さらにイスペイネへ脱走後にバスコの研究所でブルゼイ・ストリカザの解析結果を基に改良を重ねて作り上げた物らしい。(俺は追い出されて研究室に入れなかった時)。
設計図は自分たちでしか読めない暗号で書き、完全に暗記した後焼却したので、誰かに持ち出されてはいないらしい。
マリークはエルフの中でも特に珍しく、かなり魔力を持つ。何度も言うが魔力を持つ者が魔法射出式銃を持つと内部の魔石が過剰動作を起こして壊れてしまう。そこで二人は魔力供給源を魔石ではなく、使用者本人にする構造を開発した。
バットプレートに、以前の研究で得られた抵抗がゼロの超魔力伝導性を有する金属(ブルゼニウム合金と名付けられた)を使用することでそれを実現させたらしい。念を押すように言ったが、この銃自体は完全に新品だそうだ。
あの大混乱の中でよく立案、開発、そして実装にまでこぎつけたものだ。こいつら、マジで色々な意味でヤバいな、と言葉足らずに思ってしまった。
だが、心配事がある。マリークはまだ十一歳か、そこいらだ。そんな子どもに銃を持たせるのは……。
確かに杖だけでも十分に危ないのだが、これを作り出した二人は銃のない世界の住民だから、これの恐ろしさを知らない。俺は銃と二人を交互に見つめた。
「マリークくんの訓練次第うまく使いこなせるようになる。まぁ、まだ危ないだろうから、安全装置は何段階かでガチガチにつけているさ。ちなみに、それはイズミ君の判断か彼が成人したときに外せるようになっている」
顔に気持ちが出ていたようだ。俺の気持ちを悟ったのか、それとも彼らの思考がそういう風に働いたのか、そう付け加えた。それなら安心だ、とはいかないが、多少の不安が解消された。気が進まないのは変わらないが。
銃の入っている木箱は布で包んで運ぶことにした。セキュリティ魔法がかかっているので持ち運びできるのかという心配はあったが、そのあたりは二人がうまいこと調整をかけたらしいので問題はないそうだ。安全装置を解除する権限を持つ俺はなんたらかんたら……、だそうだ。
背負ってみたところ、あくまで背中越しにだが、重さはそこまででもなくサイズも手ごろに感じた。だが、まだ十を過ぎたくらいのマリークには重くサイズも大きいだろう。大人が使うものと変わらない質感なのはあえてそう言う風に作ったのかもしれない。それを持つ責任の重さを理解させるために。
一歩進むたびに、歩幅に合わせて背負っている木箱がガシャガシャと背中を叩き、腹腔を揺らすような音を立てている。
カミュと共にカルデロンの屋敷を後にし、街の入り口まで並んで歩く道すがら、
「イズミ、彼らはとんでもないものを作り出しましたね」と話しかけてきた。カミュの服装は鎧ではないが、いつもの大剣を背負っている。それにしてもスーツに大剣とは何とも異様な組み合わせだ。
うん、とあまり大きな反応をしない俺をみてカミュは何かを察したのか、
「武器が増えて不安ですか? 和平を求めているのに」
「そうだね。ちょっと思うところがたくさんあってね」
「私は共和国で銃という物をあまり目にしませんでした。魔石のやり取りがほとんどで、ギンスブルグ家の女中さんたちが抱えている物しか見ていません。それに撃つところを実際に見たわけでもないです」
掌で口を一瞬だけ覆った後、俺の様子を窺うようになり、「イズミは怖いものだと言っていましたが、どんなものなのでしょうか?」と尋ねてきた。
武器である以上、彼女はこれから対峙するときのことを考えているのではないだろうか。剣士であり、戦うとなれば真っ先に相手になるだろう。万が一のために、教えておいてもいいだろう。尤も俺が知っている程度の知識だが。
「女中さんとマリークの持ってる銃は魔法射出式で」と話し始めたが、最初の一言目でカミュは硬直した。そして、「マホウシャシュツシキ……」と彼女は分からないことを囁くようにそのままオウム返しにしてきた。
彼女は、選挙中は共和国に出入りしていたが、魔石の運搬が主たる業務で街に出たり、女中部隊を見たりはあまりしていないのだ。
「よくわからないか。簡単に説明するよ」