表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

324/1860

マルタン侵犯事件 第二話

 悶々と悩み続けるも怠惰な軟禁生活が過ぎたある朝。


 少し寒いダイニングでのんびり朝食を食べ、シスネロス家の研究所へ向かったオージーとアンネリを見送った後、高くなった空を大きな窓から眺めていた。


 11月も終盤に差し掛かったこの街もさすがに寒さがやってきたようだ。足の先で反対の足のふくらはぎを掻きながら、今日は何をして過ごそうと考えているときだ。ティルナがダイニングに現れて俺を呼びつけた。どうやら突然エスパシオから呼び出されたようだった。


 着替えてカルデロン家本邸宅の道までポータルを開いた。久しぶりに訪れたが何も変わっていないようだ。門横の詰め所で勲章と名前を見せると門が開けられ敷地内に入り歩いていこうとすると、後ろから門番に呼び止められた。


「おい、アンタ! 轢かれるぞ!」


 振り向いてぼーっと門番の顔を見ていると、後ろからガシャガシャと機械音がし始めた。


 今度はその音の方を振り向くと、どうやら馬車が門の前まで迎えに来たようだ。客車がこちらへ向かってきているのが見えたので門番の言う通り後ろに数歩下がった。しかし、客車を引いているようだが馬がいないのだ。


 目の前まで近づいてきて改めてそれを見たとき、俺は失神しそうになった。なんと蒸気自動車だったのだ。

 どうやらアルバトロス・オセアノユニオンにも近代化の波が押し寄せてきたようだ。だが、その蒸気自動車はルーア共和国で見たものとは少し違う。ルーアのものは、例えて言えばT型フォ〇ドだが、こちらのデザインは馬車の馬をそのまま蒸気エンジン車にしたような牽引式なのだ。


 プシューと蒸気を上げて止まると客車のドアが開いた。すると緑色をした上品な別珍の座席で、


「どうだね? 蒸気式牽引馬車は? 独立後にバスコが発表したものだ。君たちがもたらした金属加工術のおかげで超高熱高圧に耐えられるものができた。ルーアにいたなら蒸気エンジンは珍しくなかろう」


 と片口角を上げて満足そうな顔のエスパシオが足を組んでいた。


 乗りたまえ、と右手を上げたので、取っ手を掴み乗り込みドアを閉めた。そしてすぐには座らずに狭い車内で跪いた。


「エスパシオ大頭目、本日はどういったご用件でしょうか」


「座りたまえ。そのまま動くと危ないぞ。それに狭いではないか」


 では、と斜め向かいの座席に腰かけると話を始めた。


「君の軟禁状態を解く。その代わりルーアとの交渉役をしたまえ。ルーアが和平交渉を打診したのは連盟政府だ。独立した現時点で我々は交渉相手からは外れた。アルバトロス・オセアノユニオンは別の国家として改めてルーアとの和平を結ぶ。私は慎重に進めたいのだが、カリストが積極的でな」


「エスパシオ大頭目、失礼ながらルーア“共和国”とお呼びください。ルーアだけでは帝政ルーアと変わりがありません」


「君が応えるのは“やる”か“やらない”かだ。どちらだ?」


「やらない理由がありません。勲章を授かった身ですので、和平へ導ける策はあるだけ実行しなければいけません」


 すると彼はよろしいと呟き、「ティルナから聞いているが君は話下手なようだな。それでは私の伝えたいことが伝わらないかもしれない。それでは困るのだ。これを持っていきたまえ」と言うと彼の横の座席に置いてあった手紙を渡してきた。


 持ち上げると漂うジャスミンの香りはブエナフエンテ家の封筒だ。開翼信天翁の封蝋で綴じられている。腹の立つ言い方だが確かに駆け引きはヘタクソなのは否めない。ティルナめ。


「受け取りました。確かに届けましょう」


 彼は目を閉じ噛み締めるように深々と頷いた。



 それにしても、馬車はいったいどこへ向かっているのだろうか。揺れる外の景色は屋敷に近づいていている様子はなく、その独特な建物の周りを回っているようにも感じる。通れる道がここしかなく遠回りしているのだろうかとしばらく黙っていると、「君は“星魚(カフア)”という物を知っているか?」と斜め向かいで腕を組むエスパシオに話しかけられた。


「カフア?」


 理解できずに眉を寄せて復唱してしまうと、今度は嬉しそうになった。


「ははは、知らなくて当然だな。霧星帯に浮かび大洋で船を迷わぬように導く星々の名前だ。現在の魔術を応用した航海術よりもさらに古いもので、知っているとしたら五家族くらいなものだろう。時間さえわかればその高さで方角を知ることができる。その中に“ニイア・モモナ”という星がある」とやや自慢げにしている。


 はぁ、と気の抜けた返事をしてしまった。しかし彼は構わずに話をつづけた。


「航海術で一番目印になる星だ。逆を言えば、場所と方角さえわかれば季節に影響されることなく時間もわかるのだ」


 膝の上に手を載せて俺をまっすぐに見てきた。


「ティルナから聞いた。君はエルフと人間の和平を目的にしているとか」


「そうですが」


「では、アルバトロス・オセアノユニオンと言う国で、君という目印を見ながら、和平の方角はこちらだと思って邁進している。しかし、その方角は正しいのかな? 果たしてそれは正しく、これから夜明けに向かう時間なのか、しかし、間違っていて滔々と暗くなり夜闇の帳に飲み込まれるのか、それは君次第ということだな」


 イマイチ何が言いたいのかわからない。口の中が渇くような気がして俺はぽかんと口を開け続けていたことに気が付いた。エスパシオは少しばつが悪そうな顔をしている。


「……ティルナに昔話を聞いてみるといい。ではさっそく向かいたまえ。ルーア“共和国”に」


 少し嫌味っぽく言われた。



 そのころにはちょうど広い敷地内を一周して、再び門の前に戻っていた。


 牽引車が止まると遅れて客車もわずかに揺れて、背もたれに押し付けられた。そして蒸気を排出する音ともにドアが開けられた。どうやら自動だったようで、乗ったときは閉める必要がなかったようだ。


 エスパシオは要件がもう終わったようなニッコリとした満足顔で俺を見ている。


「あの、大頭目……? これで終わりですか?」


「そうだ。返事を待っているぞ。我々に分がある。慌てず行くと良い」


 はぁ、と気の抜けた返事をしてしまった。降り立つと背中でドアの閉まると音がして、蒸気が出る音ともに蒸気馬車が走り出した。そのままぼんやりとそれを見送りながら思った。


 彼は何を言いたかったのだ? いや、確かに手紙は受け取ったのだが。だが、なぜ蒸気馬車の中で話したのだ? 見せびらかしたかっただけか? もしかして彼は暇なのか? それに、なんだろう。最後に言った星の話は? ニイア・モモナだったか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ