藍色に黄昏るデオドラモミ 最終話
翌日にはカルデロンの号令がかかり、連盟政府中からイスペイネ所縁の錬金術師たちが集められた。
そのうちの四分の三は、名前こそイスペイネ系の姓になっていて過去を追うことはできないが、かつての王国から手厚い保護を受けたスヴェンニーの末裔であった。俺は移動魔法を駆使してその日のうちにその全員を迎えに行った。すると家族ぐるみで皆が押しかけてきた。
最も重要なサンプルであるブルゼイ・ストリカザは、研究室に置き忘れていたのでもう手元にはない。と言うことはなかったのだ。
なんと、アンネリが双子にお守りとしてこっそり持たせていたのだ。その、最初に削りだした大きさの四分の一ずつを使い解析をすることになった。この二人はどこまで切り落とせば気が済むのだろうか、と呆れつつもガッツポーズをしてしまった。
高品質な実験機具はシスネロス家がすぐに、そして大量に手配してくれた。だが、バスコは別の研究をするために参加はしなかった。
日夜研究はぶっ通しで行われ、実験の規模はフロイデンベルクアカデミアで行っていたものの何十倍にもなった。試行回数が増えたので当然精度は非常に高く、そして効率もよい。
それ故にあっという間に結果が出て、そして論文も完成した。論文書きにはアルク・ワイゼンシャフトの審査委員会長のバスコも時々顔を出したので、リバイスは一回で済み、なおかつ実験内容の偉業性によりすぐさまアクセプトされ保存が決定された。
論文のタイトルは『金属を含めた物質の既成概念を無視した錬成方法の確立』となり、ファーストオーサーは、アウグスト・ヒューリライネンとアンネリ・ヒューリライネン(ハルストロム)となり、グリューネバルトはコレスポンディングオーサーとなった。
保存先であるアルク・ワイゼンシャフトは、新しい論文が保存決定すると一定期間だれでも閲覧可能なオープンなものにする。研究を知らない民間人にも知らせて、研究への興味を持たせるためや、自分たちの技術レベルを誇示するために公表するというスタイルをとっているらしい。(もちろん、具体的なプロトコルは隠され、コピーや持ち出しはできないが)。
しかし、今回の研究はすぐには公開されなかった。ひと月たってもそれは公表されることがなく、俺たちはやきもきしていた。バスコに理由を尋ねてものらりくらりとかわされるだけで何も教えてくれないのだ。
その一方で、グリューネバルトは相変わらず、いやこれまで以上にティルナを可愛がり、ほぼ行動を共にするようになっていった。論文の一般公開がなされないことについては一切気にもかけず、呑気な爺さんは銀春を楽しんでいる様子だった。
そんな日々も刻々と流れ、ある日を境にキューディラにはレアからの連絡が毎日のように入っていた。だが残念ながら応答する気にはなれない。言わずもがな、彼女と敵対することになってしまったからだ。こちらの世界に来てからずっと世話になりっぱなしだったので少し残念だが仕方がない。
資金繰りに関しては生活費に至るまで彼女頼みのところがあった俺は事実上の文無しだ。しかし、カルデロンの別宅の使用はまだ許可されているので寝食に困ることはなさそうだ。最悪の場合、共和国側を生活拠点にしてしまえばいい。
だが、わずかに残った彼女への借金は何らかの形で必ず返済しようと思う。幸いにも、レア個人の貸し出しと言うことなので利子無し期限なしにしてくれた。残高もある程度把握しているので、自分の中で蓄財はしておこう。
色々思うところはあるが、クロエとの死闘を乗り越えて彼女が生きていることが分かったので俺は少し安心した。どうあろうとも彼女はやはり仲間なのだ。そして俺はそっとキューディラを閉じた。
移動魔法で俺や二人の自宅を覗けるほどの大きさのポータルを開いて見てみると、絶えず警戒されている様子で簡単に戻ることはできなかった。自宅に置きっぱなしにしていたキューディラジオ(さっき思いついた名前)の筐体は、俺と一部の人間以外には弄ることはできないので無事な様子で、音声魔石の音楽を絶えず流し続けていた。だが放っておくわけにもいかないので、それの真下にポータルを開きさりげなく別宅へと移動させた。
だが、どうしたものか。長期になるのだろうか。
俺もオージーもアンネリも、イスペイネでは勲章をもらった実績がある。グリューネバルトは研究をして成果を出して、イスペイネに居座る気満々だ。誰かがくいっぱぐれることはない。だが、故郷を遠く離れて過ごすのは負担なのではないだろうか。アンヤとシーヴも落ち着かないのではないだろうか。
オージーとアンネリはバスコに頭を下げて実験施設の一部を借りてストスリアから(いや、前回イスペイネから帰るときから)持ってきた金属音のする縦長の箱を持ち込み、気を紛らわすかのように研究を始めたのだ。俺が何をやっているのか興味本位で覗こうとしたら、オージーとアンネリが仕掛けた例のセキュリティ魔法に引っ掛かり追い払われてしまった。その様子では手伝わせても貰えなさそうだ。
することのない俺はカルデロンのどうしようもない食客ライフを過ごしていた。
だが、停滞し続けていた日々は流れて、意味を見失いつつある中で二か月ほど経ったある日のことだ。
アルク・ワイゼンシャフトによる論文の一般開示が行われなかった理由をたたきつけられるように理解することになる。
イスペイネが連盟政府から脱退、独立宣言をしたのだ。
『アルバトロス・オセアノユニオン』という、新しい国家として。